2018年10月12日

近代医学の礎を築いた偉人として、もっと評価されるべき人 『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』


解剖医ジョン・ハンターについては、これまでに読んだいろいろな医療ノンフィクションで取り上げられていた。なんとなくキワモノというイメージで、本書を見つけたあとも、読むかどうかずっと迷っていた。Amazonで星1つをつけている人のレビューを読んで、さらに気持ちが遠ざかっていた。どういうキッカケで読むことになったのか思い出せないが、実際に読んでみてしみじみと感じる。

読んで良かったぁ。

星1つのレビュワーが指摘している誤訳(?)などは些細すぎてとるに足りないもので、本書の価値を損ねることはなかった。Amazonレビューには、高評価にも低評価にも、こういう「惑わせる罠」があるので要注意だ。

ジョン・ハンターは、解剖医であり、現代の科学的医学や外科学の祖とも言える医師であり、また博物博士でもあった。田舎の出身で、気取りがなく、癇癪もちで、しかし面倒見が良く、多くの弟子たちに慕われ、同時に多くの敵に憎まれた。そういう非常に人間味のある人の生涯をとても丁寧に面白く描いてあった。こんな偉人が切り拓いた医学・医療という世界で仕事をしていることに、感謝と誇りの気持ちが湧いてくる、そんな本だった。

2018年10月11日

疫学の誕生 『感染地図 歴史を変えた未知の病原体』


医師なら、医学部の授業のどこか(たぶん疫学)で教わったことのある話。

医師ジョン・スノーと、聖職者ヘンリー・ホワイトヘッドが、1854年にロンドンのソーホー地区で発生したコレラを終息させるまでを描き、さらに終息後の奮闘までフォローアップしてある。本書では特に、医学素人であるホワイトヘッドが果たした役割(地域住民からの信頼など)に価値があったことを見抜いている。読んでみると分かるが、ホワイトヘッドのような人がいてこそ、専門職は本領を発揮できるのだ。

ちょこちょこと歴史話や雑学などが入るため、少しかったるいと感じられる部分もあったが、全体を通じてみれば面白い本だった。

2018年10月9日

アルコール問題と重なって見える…… 『新訳 ジキル博士とハイド氏』


タイトルは超有名だが、読んだことのある人は意外に少ないかもしれない。手にとってビックリ。こんなに薄い本だったとは……。しかも主人公はジキル博士ではない。ハイド氏でもない。ジキル博士の親友で、弁護士のアタスンなのだ。

大雑把なストーリーは知っている人も多いだろう。ジキル博士が、自ら開発した薬を飲むことで凶暴な人格ハイド氏になってしまう。このハイド氏のことを、ジキル博士は恐れてもいるが、同時に憧れてもいる。それも当然で、ハイド氏の人格はまったくの外部から来たものではなく、ジキル氏が日ごろ抑え込んでいるものなのだから。簡単に言うと、ハイド氏になればスカーッとするわけである。この感覚にジキル博士はハマりこんでいく。

人間の二面性を描いたとも言えるだろうが、俺には自らのアルコール問題と重なって感じられた。とうとうジキル博士は自殺を選ぶのだが、こういう結末も、まるでアルコール依存症の人である。

ところで、この小説は当時の外科医ジョン・ハンターから着想を得たという。そもそもの読むキッカケは、『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』を読んで興味を持ったからである。ジキル博士が住んでいるのは「昔の外科医の家」であり、その外科医こそジョン・ハンターなのだ。

どんでん返しがあるわけでもなく、知っているストーリーをなぞるだけの読書ではあったが、それでもさすが名作として残っている古典だけあって、充分に面白かった。

2018年9月25日

死刑廃止を願った死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンの人生 『死刑執行人サンソン 国王ルイ十六世の首を刎ねた男』


「死刑執行人」というから、どんな非情で恐ろしい人物かと思って読み始めたが、これがぜんぜん違っていた。この先入観、偏見こそ、本書の主人公シャルル=アンリ・サンソンが当時受けていたのと同じものだろう。予備知識なしとはいえ、自らの内にある偏見を恥じた。

サンソン一族は200年にわたって死刑執行人を務めたという。シャルル=アンリは4代目当主であり、ルイ16世を敬愛しており、そしてフランス革命のときに、その敬愛するルイ16世に死刑を執行した人物である。そのときの苦悩や葛藤も本書では描かれている。

文章は読みやすくて飽きさせない。主人公は魅力的。全章を通じて、まるで小説を読んでいるような感覚であった。もちろん、題材が死刑執行人なので、残酷な描写はところどころあった。読みながら、首筋のあたりがひんやりしたことは確かである。そういうのが苦手な人は読まないほうが良いかもしれない。

2018年9月21日

支援者必読! しかし、邦題がミスリーディング!! 『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』


アメリカのある病院は、オペ室が常に予定手術で満杯なうえ、予定外の緊急手術が頻繁に入りこみ、そのせいで慢性的なオペ室渋滞に悩まされていた。病院から依頼されたコンサルタントが調査した結果、この病院に勧めたのは、オペ室を一つ「空けておく」ということ。すでに予定手術で満杯なのに……。当然、外科医らは反発した。しかし、いざ実行してみると、なんと大幅に改善されたのだ。

いったい、なにが起こったのか。

「オペ室を一つ空けておく」ことで、緊急の「予定外」手術はそこで行われるようになった。すると、これまで予定外の手術のためにずらしたり調整したりが必要だった予定手術がスムーズにいきだした。急な調整による時間外労働がスタッフを疲弊させていたので、それらが解消されたことでスタッフの負担は大幅に減り、それがまた手術のスムーズさにつながった。

予定外の緊急手術のためにオペ室を一つ空けておくのは、「予定外」を常に起こりうるものとして考え、「予定外を予定しておく」ということ。つまるところ、「予定外」の手術とはいうものの、それが頻繁に入り込むのであれば、それは「予定された予定外」であり、そもそも「予定外」という言葉のほうが間違っていたのかもしれない。

時間でも金銭でも仕事でも、この「予定外を予定した」緩衝材があるだけで、負の連鎖に落ち込まずに済む。

本書は、お金や時間の「欠乏」がいかに人間の処理能力を劣化させるか、そして、適度な緩衝材があれば、その劣化をかなり防ぐことができる、ということをテーマにしている。

それなのに、それなのに。

なんでこんな邦題をつけたのやら……。これではまるで「タイム・マネジメントの自己啓発本」みたいだ。実際には時間だけでなく、というより、時間以上に、お金、貧困といったことを中心に語られていた。表紙も文庫版、Kindle版ともに、かなりミスリーディングなものである。


ちなみに、英語版のKindleはこんな感じ。


英語版のペーパーバックはこんな感じ。

本書では時間やお金、その他なにかの「欠乏」「貧困」が、その人のもっている本来の処理能力をいかに浸食し低下させるか、ということについて詳しく論じてある。その影響力は予想以上に大きいだけでなく、本人の無意識下で起こることなので気づかれにくい。さらに「欠乏」「貧困」を支援するはずの人たちの無意識下でも強く影響を与えていて、問題の原因を支援を受ける人たちの「人格」「人間性」に帰結しがちとなる。

読みながら、これは自分と家族の今後についてためになる本だと確信した。それと同時に、精神科領域における支援者として活かせるヒントに満ちていると感じた。まだ具体的な言葉にはできないが、支援する際に活用できる「考えの種」をこころにまいたような気がする。

支援のヒントを探し続けるすべての支援者にとって、大いにためになる本だろう。