2011年12月13日

マーラーの断章が意味深 『シャッター・アイランド』


小難しい理屈をこねながら映画を観るのは好きではない。オチを読みながら観るのも嫌いだ。純粋に、ストーリーや映像で楽しみたい。それなのに、この映画は、最初から、「謎を解け」とか「表情を見逃すな」とか注文される。そう言われると、そこに何かあるような気がして観てしまう。


以下、ネタバレ。なので、お勧めかどうかだけを先に書くと、面白かったけれど、手放しでお勧めもできない。


最後まで観て、表情に何があったのか、よく分からなかった。

最終シーン。
ディカプリオ演じる主人公が、本当に精神病患者だったのか、あるいは彼らに洗脳された結果なのか、そこは観る人任せということなのか? 映画の内容が精神科絡みなので、その辺は後で触れるとして、まずは劇中で使われていたマーラーの曲について。

ピアノ四重奏 イ短調

たしか、劇中の字幕ではそう書かれていたと思う。
実際には、

ピアノ四重奏“断章” イ短調

マーラーが16歳の時に作曲したものである。
彼が作曲した室内楽曲はこれ一つであるが、作品自体は未完成であった。つまり不完全なのだ。曲名に「断章」というのが付くのは、そのためである。そこまで知ると、この音楽が劇中で使われたことに、何か意味があるのではという気にならないだろうか?

主人公を、本当の名前はともかくとして、ここではテディと呼ぼう。テディの人生は、果たしてどちらが真実なのか分からない。捜査官としてのテディは、戦争での苦い体験を引きずり、妻が放火魔による火事で焼死したという傷が癒えないまま、自らの中での何か足りないものを満たすため、シャッター・アイランドの真相を暴くことに血道をあげる。
患者としてのテディは、過去に妻の孤独や辛さを受け容れてあげなかった結果、妻は三人の子どもを殺してしまい、テディはその妻を殺してしまう。そして、そのことから逃げるように捜査官であるという妄想に逃げ込む。
捜査官としての彼は不完全であり、患者として妄想に逃げ込むにも未完成な部分が多すぎて、どちらにしても、彼の人生そのものが「断章」だった、というのは明らかにこじつけ。

とはいえ、映画の中で使用されるクラシック音楽を、監督が何の意図もなく選ぶとも思えない。きっと何か意味があるんだよ、何か。と、自分自身が思考のシャッター・アイランドに閉じ込められそうだ。

以下、精神科関連。
患者の隣に座って話をする精神科医を観て、
「あ、俺もこんな感じでやるよなぁ」
なんてことを思った。
中井久夫先生曰く、患者の利き腕側に位置どることが大切だとか。何かあっても、利き腕をすぐに抑えられるということは、確かに大切だ。

劇中に「ロボトミー」という言葉が出てきた。これは俺自身も数年前まで誤解していたのだが、決して「ロボット」みたいにするための手術というわけではない。ロボットは「Robot」で、ロボトミーは「Lobotomy」。カタカナにすると両方とも「ロボ」だからややこしい。「Lobe」とは脳の「前頭葉」とか「側頭葉」とか言う時の「葉」のこと。過去には、前頭葉の一部を切除・破壊することで、統合失調症を治療しようという試みがあり、1949年には、この手術の第一人者であった精神科医にノーベル医学賞も授与されているのだ。

歴史の中で、統合失調症の治療はいろいろと試みられており、劇中にも「失神するまで冷水につける」といった冷水療法の話も少し出てきた。他に有名なものに、発熱療法というものがある。まったく会話の成り立たない統合失調症患者でも、高熱時にはわりと会話ができることから、人工的に高熱にすれば病気が治るのでは、と考えた人がいたようだ。そして、高熱を出させるために、マラリアに感染させるというのだから強烈だ。

また、インスリンショック療法というものもある。これは、身体的に厳重に安全を保ちながらインスリンを注射して、患者に低血糖発作を起こさせて、そのショックで治療するというものだ。知り合いの外科医が実際に体験したらしいのだが、過去に統合失調症患者が自殺目的(?)でインスリンを大量に自己注射して、なんとか救命できた後に、以前よりも普通に話ができる人になったということだ。
上記の二つの治療法は、それなりに効果があったようだが、あまりにも危険かつ非人道的であり、現在では行なっているところはない、はずだ。


思わず長くなってしまったが、冒頭に書いたように、映画は楽しむためのものである。そこからさらにテーマや哲学、音楽に関する考察などの屁理屈をこねる必要はなく、自分が観て面白かったかどうか、それさえ感じ取れたら良いんじゃないかと思う。

4 件のコメント:

  1. あっこは深読みする派です(笑)お世話になっている舞台照明さんに「映画とか音楽とか芝居とか見て深読みするのは何かを作る側、魅せる側の人間だからだよ。舞台人の仲間入りやね」って言われました。先輩も小説書いたりしてるので作る側の人間ですよ、きっと。

    で、今回も深読み~。

    映画を見ててある事に気がつきました。
    用いられてた作曲家はマーラーも含めてリゲティ、ペンデレツキ、シュトニケ…ユダヤ系作曲家なんですよ。
    マーラーは自身はユダヤ教を棄てていますからね。ユダヤ系作曲家で構成されているのも監督のメッセージだと思いますが、宗教関係は語れるほど詳しくないので放置して…笑

    マーラーはこの映画で重要だと思います。セリフにも出てきちゃうくらいですから。完全に自論ですが、マーラーが精神疾患を抱えていたからマーラーなんだと思います。彼は夜中じゅう、妻を探し続けてしまう強迫性障害でフロイトの治療を受けていますから。
    映画の主人公も(どちらのテディも)妻を探し続けていたのかなぁ…とか思ったり。

    返信削除
  2. >あっこ
    ほっほぉ~、なるほど~。
    音楽を聴いて、
    「あ、これは誰それの曲だ」
    と分かるのがすごいよなぁ。
    そうやって分かれば、俺ももっと深読みできるのに。

    ユダヤ系か、なるほど。
    詳しくは俺も分からんけど、大雑把に言えばどこにも所属できなかった民族だよね。
    最後の安住の地はイスラエル、でもそこは今も紛争だらけ。
    まるで、主人公のラストシーンと同じだなぁ、と。

    奥ふけぇっ!!

    返信削除
  3. 意外と真面目っ子なんです(笑)音楽も薬も勉強してますよ♪

    今思えば、「ブラームスか?」「いや、マーラーだ」のセリフでラストのフラグ立ってみたい。
    “私はどこに行っても歓迎されない。オーストリアにおけるボヘミア人、ドイツにおけるオーストリア人、そして全世界におけるユダヤ人だからだ”自身について語るマーラーの言葉です。

    シーンの雰囲気に合った音楽ってだけじゃなくて、音楽にもメッセージをこめる…
    映画監督も含め、何かを創り出すっていうのは奥が深いですね(;´Д`A

    返信削除
  4. >あっこ
    「ブラームスか?」
    というところは覚えていないなぁ。

    いやほんと、あっこ、かなり意外に真面目っこだよね。
    あっこみたいな女の子のことを、世間では「損している」と言うのかなw

    返信削除