2018年8月4日

沈黙を「耐える」ものから「共有する」ものへ変えてみよう

作業療法の実習生(女性)との会話。

「……」
「……」
「……」
「……」

「いま、沈黙に耐えた?」
「耐えました」
「よく耐えた。俺も耐えた(笑)」
「(笑)」
「これが、仲が深まれば沈黙の『共有』になるんだよ」
「なるほど」
「患者さんとの沈黙も、最初は耐える。そして、共有を目指す」
「はい」
「沈黙を共有できると、無理に話す必要もなくなる」
「わたし、なにか話さなきゃって思っちゃいます」
「分かる。俺もそうだから(笑)」
「(笑)」
「そのときに無理に話そうとせず、ただ同じものを見る、同じ音を聞く。呼吸を合わせる。同じ仕草をしてみる。そんなことをするうち、ふっと共有してつながる瞬間を感じることがあるよ」

ちなみに、冒頭の沈黙は、このことを伝えるために敢えてつくった沈黙である。ただし、意図的につくった沈黙とはいえ、俺が「耐えた」のは事実。それくらい、人は誰かとの間に沈黙ができるのを避けたがるということだろう。そして、実習生が沈黙に耐えてくれたので、話がスムーズだった。

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントへの返信を一時中止しています。
一部エントリでコメント欄に素晴らしいご意見をいただいており、閲覧者の参考にもなると思われるため、コメント欄そのものは残しております。
また、いただいたコメントはすべて読んでおります。