2018年6月11日

学び、トライし、エラーし、フィードバックし、アレンジし、また学ぶ。こうして自分なりの診療ができあがる

若い精神科医が諸先輩の著した本を読んだり、後ろ姿を見たりして、
「よし明日からやってみよう」
と思い立ってマネしてもうまくいくことはほとんどないし、漫然と待って熟成するというものでもない。学び、患者に対して恐る恐る小出しにトライし、エラーからフィードバックし、自分の個性に合わせてアレンジし、そこにまた別の本から学んだことを追加し、トライしフィードバックしアレンジし、この積み重ねを続けるうちに、何年かして、
「あっ、なんだか身についている! 大御所とはちょっと違うけれど、これが自分なりにしっくりくるやり方だ!」
となる。そういうことを最近感じる。

ある精神科の先生が若手のころ、計見先生がこんなことを仰っていたそうだ。
「君らは何かといえば様子を見ましょうと言う。そうじゃない、介入しなきゃ、介入を!」
計見先生の著書では戦争、特に戦術の話がたくさん出てくる。その中でこんな話が書かれていた。

昔の海戦では、一発目の大砲は当てることを目的とはしていない。一発目がどれくらい的から逸れたかで二発目、三発目を軌道修正する。そのために一発目がある。だから、まず一発目を早く撃たないといけない。一発目から正確に当てようとして慎重に狙いを定めていると、その間に撃沈されてしまう。

計見先生が「介入しなきゃ、介入を!」というのは、まさに「一発目を撃て!」ということだろう。



2018年6月8日

50人以上の犠牲者を出した連続殺人事件を綿密に描いた、とてもスリリングでおぞましい犯罪ノンフィクション 『子供たちは森に消えた』


1980年から1990年ころにかけて起きたレソポロサ殺人事件を緻密に描いた秀逸な犯罪ノンフィクション。

沈滞した空気の漂うソ連社会にあって、ミハイル・フェチソフ捜査部長とヴィクトル・ブラコフ捜査官の熱心さと真摯さ失わない姿にはひたすら感心した。ところが、それだけ必死に捜査しても犯人が捕まらない。これほどの捜査網をくぐり抜けられるのは、犯人が「捜査する側の人間」だからではないのか。そんな疑念もわいてきて、二人はだんだん神経症的になってしまう。
フェチソフはときどき、自分が悪夢のなかを生きているのではないかという気がした。毎晩のように夜中に起き上がって外に出かけ、人を殺しておきながら、家に帰って眠りに落ち、朝になると何も憶えていないのではないかという気がするのだ。
フェチソフはそのことをブラコフにだけ打ち明けた。
「なあ、ヴィクトル」ある日、フェチソフはひそやかに言った。「今度の一連の殺しは、われわれがやっているんじゃないかって思うことがないか? きみとわたしでだ」
「わたしもついそんな気がしてしまうんです」ブラコフは答えた。
犯人逮捕後、裁判で認められた殺人件数は52件だが、実際にはもっと多いかもしれないというから驚きだ。しかもこの犯人、ただ殺すのではなく、かなり痛めつけ、血を舐め、舌や唇や乳首を噛み切り、少年の陰嚢を切り裂いて睾丸を口にふくむなど、とにかくサディストっぷりがハンパない。読んでいて、うーっ、気持ち悪い……、となることも何度かあった。

とはいえ、ノンフィクションとしての構成や描写が巧みで、しかも翻訳が素晴らしく、ぐいぐいと読み進めることができた。犯人の名前は知らずに読むほうが、若干のミステリぽさも味わえると思う。

2018年6月7日

背徳の純愛エロ小説…… 『飛ぶ夢をしばらく見ない』


ネタバレばかりなので、これから読む人はここでストップ、さようなら。

主人公の中年男・田浦は、大腿骨を骨折して入院していた病院で、見知らぬ女性と「声だけのセックス」をする。翌朝、彼女が実は老婆であったことを知って愕然とするのだが、そこから田浦の不思議な物語が始まる。なんとその女性・睦子が月日を追うごとに若返っていくのだ。

40代の睦子と逢瀬を重ね、20代の睦子と肌を合わせる。精神的には老齢なので、とても円熟味のある40代、20代である。田浦は睦子の美しさだけでなく、こころにも惹かれていく。さて、この睦子がついに13歳くらいまで若返ってしまうのだが、それでも二人はやはり抱き合う。40代後半の男と、13歳くらいの少女のセックスシーン。かなり背徳的エロ描写なのだが、なぜか純愛を感じてしまう。

そして、睦子はついに幼女にまで若返る。触れ合うことはできても、抱き合うことはできても、当然、セックスはできない。田浦の理性が邪魔をして、幼女姿の睦子には性的な興奮が起こらない。それでも、彼らは愛撫しあう。

声だけのセックスで始まった二人の関係が、実際に肌と肌を合わせ、精神的に惹かれあい、やがて肉体的に隔絶されてしまう。設定自体は中年男と若返る女性のセックスなのだが、根底にあるテーマは「老いたり病んだりしたパートナーとの性生活」なのかもしれない。

読後感の良い純愛エロ小説であった。

2018年6月5日

「依頼者から忘れ去られる」ことを嬉しく思う仕事人たちに肉薄したノンフィクション 『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』


親を失うと過去を失う。
配偶者を失うと現在を失う。
子を失うと未来を失う。

遺族は愛する人を亡くすのと同時に自分の一部も失うのだ。もう二度と取り返しはつかない。
本書は、海外で亡くなった日本人や、日本で亡くなった外国人のご遺体を、遺族のもとに届ける専門業者『エアハース・インターナショナル』に迫ったノンフィクションである。

ご遺体として日本に戻ってくる人の死因は、もちろん病気だけではない。むしろ事件・事故・災害がかなり多いのではなかろうか。ということは、ご遺体の損傷もあるだろうし、現地での司法・行政解剖の痕もあるだろう。こういう「その人が生きていたときにはなかった傷」を、エアハースの職員は可能な限りキレイにする。そのために、化粧だけでなく解剖学まで学んだ人もいる。時には腐敗臭のするご遺体から数センチという距離にまで顔を寄せ、生前の顔を取り戻すことに全精力を注ぐ。

テーマがテーマなだけに、「グロテスクだ」と忌避感を抱く人がいそうな描写もある。そういうのが極端に苦手な人は、読まないほうが良いかもしれない。ただ、自分や家族が海外へ行くことがあるなら、万が一のためにも、こういう会社の存在は知っておいたほうが良い。

開高健ノンフィクション賞を受賞したのも頷ける素晴らしい内容で、何度となく涙ぐんだ。多くの人に、ぜひとも読んでみて欲しい一冊である。

余談ではあるが、著者はツイッターもされている(@ryokosasa)。ご自身のツイートは多くないが、興味深いツイートをたくさんRTされている。また、@をつけた本の感想ツイートには、迅速かつ気さくに返信をいただいた。

2018年6月1日

診療ヒントの見つけかた 『アイデアのちから』

クリスマスや誕生日に向けて、家族への贈り物を選んでいると想像してみよう。
「お父さんはジャズが好きだから、素敵なCDがあれば見逃さないようにしよう」
「お母さんは料理が趣味だから、なにか良い調理器具があればチェックしておこう」
そんなことを頭の片隅で思いつづけるようになる。そして、たまたま出かけたところでジャズの新譜、あるいは画期的な調理器具を見つけたら、ほとんど無意識にプレゼント候補として目をつける。

これは多くの人が自然と行なっていることである。この無意識に近い目の向けかたを「プレゼント・メガネ」と呼ぶとすると、生活の中には同じような「メガネ」がたくさんある。例えば俺は「精神科メガネ」というのをいつもかけている。いろいろな患者のことが無意識に頭の中にあって、読んだ本、観た映画、聴いたラジオなど、あらゆるものの中にちょっとしたヒントを見つけることができる。

だからといって、私生活でも仕事のことばかり考えているというわけではない。たとえばプレゼント・メガネにしても、両親の誕生日が近いからといって、いつも親のことを考えているような人はほとんどいないのだ。


上記は、本書の一部を読んで広げた考えで、アイデアや思考のヒント満載の良書である。