2014年6月27日

続・数字のトリックにだまされるな!! ~ 認知症に対する抗精神病薬の危険性について ~

昨日の記事について、もう少し調べたら朝日新聞の記述が面白かった。
使用から11週~6カ月では、使っていない人と比べて死亡率が2.01倍になった。
死亡率について、1.9%と3.7%を比較すれば確かに2倍なのだが、実数では450人中の8人と16人である。読者はこういう具体的な数をこそ提示されるべきなのだ。そして、読者自身がそれを見て多いか少ないかを判断する。こういう統計結果を伝える記事において、読売新聞のように死亡「率だけ」を提示したり、両新聞のように「死亡率が2倍」という「解釈」を披露するのは、読者のミスリーディングにつながる。

それはともかくとして、今回の記事で面白かったのは、これ。
10週間以内では0.67倍と、有意差はなかった。
死亡率が示されていないので、適当な数で考えてみる。死亡率が0.67倍ということは、抗精神病薬を使用しなかった場合に100人死亡するのに対して、使用した場合は67人死亡ということである。新聞記事の表現を借りるなら、

「抗精神病薬の使用から10週以内では、使っている人と比べて、使っていない人の死亡率が1.5倍になった」

なんと抗精神病薬を使わないほうが1.5倍も死ぬのである。薬の危険性を訴えたい人たち、あるいは恐怖心を煽って売り上げ部数を伸ばしたい人たちとしては、なんとも居心地の悪い結果である。だからこれは「有意差はなかった」の一言で流され、11週~6ヶ月に関しては「死亡率が2倍になった」という過激な表現になる。

新聞が読者をミスリードしたのか、学会が新聞記者をミスリードしたのかは分からないが、いずれにしても読者には、こういう記事を読む時にパーセントに振り回されることなく、「実際の数を確かめる」習慣を身につけて欲しい。

ちなみに、
「使用後から10週までは使っていない人のほうが死亡率が高く、11週~6ヶ月では使っている人の死亡率が2.01倍。最終的に6ヶ月後の死亡率に有意差はなかった」
というのをマラソンに置き換えると、
「A選手とB選手で、10km地点ではA選手がリードしていたが、20km地点ではB選手のほうが先を行っていた。最終的に二人はほぼ同着だった」
ということ。これをもってA選手とB選手のどちらが速いかを議論することは無意味だし、
「10km走ならA選手のほうが速い」
という結論を導き出す人がいたらバカみたいだ。


※念のため書いておくが、抗精神病薬は安全だと主張したいわけではない。

<関連>
『認知症への抗精神病薬 死亡リスク2倍』 数字のトリックに注意!!
認知症に精神病薬、服用期間に注意 開始11週~半年、死亡率2倍に 学会調査
(2014年6月13日)
認知症に伴う暴力や妄想、徘徊などを抑えるために使われている精神病の薬について、日本老年精神医学会は、使い始めてから11週以上過ぎると、死亡のリスクが高まる可能性があるとの調査結果をまとめた。 学会は「使う場合は短期間が原則。減量や中止を常に検討すべきだ」と注意を呼びかけている。13日に学会で報告する。 
統合失調症などに使う抗精神病薬は、暴力などの症状を抑える一定の効果があるとされる。認知症では公的医療保険が認められていないが、医師の判断で広く使われている。2005年4月に米食品医薬品局(FDA)が、抗精神病薬を認知症に使うと死亡のリスクが約1.6倍高まる、と警告していた。 
学会の調査は、65歳以上のアルツハイマー型認知症で抗精神病薬を使っている5千人と、使っていない5千人で、12年10月から10週間後と6カ月後の死亡率を比較した。その結果、死亡率に有意差はなかった。ただし、多くはすでに長期間使い続けている人だったため、調査開始とともに新たに薬を使い始めた約450人を改めて分析。すると、使用から11週~6カ月では、使っていない人と比べて死亡率が2.01倍になった。一方、10週間以内では0.67倍と、有意差はなかった。 
学会は「半年以上の長期間服薬中の人には比較的安全で、急がずに経過をみて使用を判断する」としたうえで、新たに使う人は注意が必要とした。新井平伊・順天堂大教授は「年齢や要介護度の高い人には、慎重に使う必要がある」と話す。(武田耕太)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11187011.html

顔が描けるようになってきたよ!

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ある日、突然。
「成長は直線ではなく階段状」という話を思い出した。

生後2日

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この寝顔に、将来の美人を感じてしまう親(バカ)心であった。

2014年6月26日

『認知症への抗精神病薬 死亡リスク2倍』 数字のトリックに注意!!

読売新聞が、
『認知症高齢者の抗精神病薬 服用開始3~6か月、死亡リスク2倍
という記事を出した。
抗精神病薬を飲み始めたばかりの約450人を抽出すると、開始11~24週(3~6か月)の間の死亡率は3.7%飲まない人の1.9%より高く、死亡リスクは2倍に上った。
こういうのは具体的な数字に置き換えて考えないといけない。ここでもすでに何回かそういうことを書いたが改めて強調しておく。

「%」で提示されたものには感覚を狂わされることが多いので、実際の数字に換算してみて、自分の頭と心でそれを解釈しないといけない。

今回の記事の場合、それぞれの母集団は450人である。3.7%は16.65人。1.9%は8.55人。確かに「死亡リスク2倍」なのだが、実際の数字としては「450人中の16人」と「450人中の8人」だ。

普通の感覚からして、2倍と聞くととんでもなく多い。「抗精神病薬は使うべきでない!」と考える人がいてもおかしくない。もちろん現場の精神科医も、抗精神病薬は使わないにこしたことはないと思っている。

しかし、使わざるをえない時があるのも事実だ。幻覚や妄想が原因で、興奮する、暴れる、夜中の徘徊がひどいなど、使う理由はさまざまだが、抗精神病薬なしですべてがどうにかなるということはあり得ない。病棟であれば保護室もあるし、手足の拘束もできるが、抗精神病薬を使わないかわりに拘束が増えるというのも嫌だ。まして隔離や拘束といった手段のない自宅や施設では、暴れられたら対応する人がたまらない。

興奮したり暴れたりする認知症の人の治療の肝は、
「死んでホッとされないよう、人生最期の舞台作り」
だと考えている。だからといって450人中の8人増を無視して良いというわけではないが、「死亡リスクが2倍」といたずらに不安を煽るのは有害だと思う。

ちなみに、記事中にさりげなく書かれているが、
使う群と使わない群全体の比較では、死亡リスクに差はなかった。
開始10週(約2か月)までは差がなかった。 
これらをどう解釈すべきなのか……? 

記事によると、調査対象は1万人(使っている5000人、使っていない5000人)で、期間は半年である。使い始めの人たち450人に限れば、2ヶ月までは差がなく、3ヶ月から6ヶ月までは8人の差がある。ところが1万人全員について6ヶ月全体を通してみると差がない。なんだよこれ、もう意味が分からないよ!

<関連>
続・数字のトリックにだまされるな!! ~ 認知症に対する抗精神病薬の危険性について ~
うつ病を血液検査で判定!? ~統計のウソを見抜け!~
副作用のリスクを「%」で説明されていませんか? していませんか?

認知症高齢者の抗精神病薬 服用開始3~6か月、死亡リスク2倍
認知症高齢者に、統合失調症などに用いる抗精神病薬を使う場合、飲み始めから3~6か月の間は、死亡リスクが飲まない人の2倍に高まる、との調査結果を日本老年精神医学会がまとめた。13日、都内で開かれる同学会で発表する。
抗精神病薬については、米食品医薬品局(FDA)が2005年、認知症患者に使うと死亡リスクが1.6倍高まると警告した。しかし医療現場では、激しい興奮や暴力などの症状を抑えるために用いられることが珍しくない。
このため、同学会は12~13年、全国の約360医療機関で診療を受ける認知症高齢者(平均82歳)で、抗精神病薬を使う約5000人と使わない約5000人を登録。半年間追跡し、死亡率などを調査した。その結果、使う群と使わない群全体の比較では、死亡リスクに差はなかった。しかし、抗精神病薬を飲み始めたばかりの約450人を抽出すると、開始11~24週(3~6か月)の間の死亡率は3.7%で飲まない人の1.9%より高く、死亡リスクは2倍に上った。開始10週(約2か月)までは差がなかった。
(2014年6月13日 読売新聞)
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=100068

わたしは妹、名前はまだないの!

ひたすら出産直後の写真です。

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新宿・夏の死

新宿・夏の死
船戸与一の短編集。船戸の短編は初めて読んだが、なかなかに面白かった。どんでん返しというようなものはなく、新宿を中心に繰り広げられる悲喜こもごもが船戸チックに描かれる。オカマの話は特に良かった。

2014年6月25日

出産立ち会い記

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次女の出産に立ち会った。これから書くのは、その時の記録と記憶、そして感じたことである。

出産に立ち会う夫は、研修医時代の産婦人科研修で何人も見てきた。赤ちゃんの出生の瞬間をビデオで映している人、分娩の長さに耐え切れずイスでうたた寝している人、枕もとで妻の手を握る人など、いろいろな人がいた。

サクラの出産の時は祖父の四十九日と納骨式で立ち会わなかった。今回もタイミング次第だと思っていた。それが立ち会えることになった。自分はいったい何をしたら良いのだろう、何かできるのだろうか……。写真? いや、ビデオ? 

そんな俺の愚考を嘲笑うかのように、妻の出産は驚くほど急ピッチで進んだ。

14時ちょうど、怒責開始。
14時27分、破水。
14時35分、分娩。

出産した病院のベッドはもの凄く大きくて、幅は俺が横に寝ても納まるくらいだった。出産が始まる前から俺は妻の枕もとにあぐらをかいて座っていた。不意に助産師さんが明るく、
「よーし! 陽があるうちに生むよ!!」
と言った。この時、13時半頃だったろうか。そして、本格的な出産が始まった。カメラもビデオも用意する間もなかった。

ひたすら頑張る妻の手を握った。
「痛ーい!」
食いしばった歯の間から妻が小さく叫び、妻の爪が手に食い込んだ。まったく痛くなかった。妻はこういう事態を想定してちゃんと爪を切っていたらしい。怒責のたびに、俺は妻に覆いかぶさった。

繰り返すこと、数回。俺には「頑張れ」としか言えない。
「頑張れ、頑張れ」
助産師さんが、
「本当に上手! さぁ頭が出たよ!!」
えっ、もう!? と思って確かめると、確かに頭が見える!!

そしていつしか、それは俺自身の戦いにもなった。もちろん痛みは肩代わりできないけれど。頑張れ、という声かけが、いつの間にか、
「頑張ろう」
になっていた。それどころじゃない妻は、きっと覚えていないだろうけれど。

生まれた。
俺の2番目の子どもが。
立ち会ったからこその、父親の自覚。
そんなものは、ない。
ただただ感じるのは、妻への感謝。
ありがとう、お疲れさま。
そう声をかけて、おでこにキスをした。
それどころじゃない妻は、きっと覚えていないだろうけれど。

こんなに大変なのに、長女サクラの時に立ち会ってあげられなかったことを心から後悔。文句を言われても仕方がないと思った。何ができるというわけでもないけれど、ただそこにいるというだけで与えられる何かがある、それを痛感した。

ヘトヘトに疲れきった妻のほつれ髪をなおし、もう一回おでこにキスをした。
最大の感謝と、最深の愛を込めて。
それどころじゃない妻は、きっと覚えていないだろうけれど。

誰かに、立ち会って良かったですか、と聞かれたとする。
答えはもちろん「はい」だが、これは子どもへの愛情うんぬんの話ではない。立ち会おうが、立ち会うまいが、そんなことで子どもへの愛情は変わらない。

立ち会って得たもの。
それが何かを言葉にするのは難しい。
ただ、これだけは言える。
娘たちが成長して、妻に心ない言葉を投げつけた時、俺は本気で怒るだろう。これは立ち会いを経験する前から思っていたことではあるが、今の俺にとって当時の俺の「本気」は陳腐である。あの痛み、あの苦しみ、あの辛さを間近で見たからこその「本気」を持てたような気がする。

今なら言える。
立ち会いに迷っている男性には、絶対に立ち会ったほうが良い、と。
妻の陰部を見る必要もない、赤ちゃんが出る瞬間を記録に残す必要もない。そんなことよりも、ただ、そこにいてあげよう。あなたの体温、皮膚、筋肉、骨、声、吐息、体臭、口臭、そういったすべてのものが、きっとパートナーの支えになるのだ。


妻へ。
我が人生、深まりました。
本当にありがとう。

平成26年6月24日
手の甲に薄く残る爪痕を眺めながら。



知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代

知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代
星3つのレビューの人たちと大体おなじ意見かなぁ。

2014年6月24日

お姉ちゃんになっていくサクラ

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平成26年6月22日、サクラはお姉ちゃんとしての一歩を踏み出した。

その日、朝の5時ころから病院へ行く準備をコッソリしていたが、サクラが気配を察して起きてしまった。着替えている俺と妻の姿を見て、

「サクラもいく!」

と着替えを取り出そうとする。一緒に行きたがるサクラを義母が抱っこして、6時に慌てて家を出る時には大泣きして暴れていた。後ろ髪をひかれる思いで病院についたのが7時(妻の実家は陸の孤島)。

無事に出産が終わったが、妻はかなり体力消耗しているからということで、義母やサクラは後日病院に来ることになった。俺は翌日から仕事だし、帰る前にサクラに会うとまた寂しがらせるかもしれないと考え、そのまま車で2時間弱かかる自分の実家の方へ帰った。その日の夜に、義母から妻へメールがきた。

サクラは、何かを感じ察したのか、朝のあの時だけ大泣きしたが、それからは大人しく義母や義祖母と仲良く遊び、お昼寝も自らすすんでやり(珍しい!)、夜はヌイグルミと遊びながら寝たそうだ。

そんなけな気な様子を知った妻は病室で号泣したらしい。

そして、それを伝え聞いた俺もサクラの成長ぶりに胸を打たれた。

6月23日も、グズることなく過ごせたようだ。

父として、誇らしい。

と同時に、ちょっと寂しくもある。

今週末も、また帰省する。その時には、思いっきり甘えさせてあげよう。

弥勒

弥勒
Amazonでの評価はめちゃくちゃ高いが、どうも入りこめなかった。架空の国が舞台なのに、その国の文化風俗といったものが細かく設定されていて、それはそれで凄いのだが、「でも結局は架空でしょ?」という感じになってしまって……。
ストーリーは嫌いではない、というか、安定の篠田節(ぶし)。

2014年6月22日

次女、誕生!!

14時35分、一女の父から二女の父になりました。
2822グラムの女の子。

ちなみに誕生日が長女は2月26日、次女は6月22日で、226の622と鏡像で面白い。

2014年6月20日

銭湯の「入れ墨お断り」に対する茂木健一郎さんの意見と対応に違和感と嫌悪感


まず最初に断っておくが、俺は入れ墨やタトゥーが嫌いではない。また脳科学者・茂木健一郎さんについてもともとネガティブな感情を持っているということもない。しかし、茂木さんのこのツイートと、その後の対応にもの凄く違和感と嫌悪感を抱いてしまった。

海外には、異教徒や外国人が入れない寺院、あるいは女性の立ち入り禁止という場所がある。またノースリーブや半ズボンでは入場させてくれない寺院もある。これらについて茂木さんはどう考えるのか、ツイッターで直接尋ねてみたが、まったく返信なし。忙しいのかなと思いきやそうでもなく、茂木さんの意見に賛成の人には小まめに返事しているし、逆に極端な攻撃口調で絡む人にも「バカだ」「頭悪いな」といった調子で返信している。それなのに、なぜ俺の普通の質問には答えないんだよ……。

正装でないと入店できない、あるいは半ズボンはお断りといったドレスコードがある店は海外にもたくさんある。もっと身近な例では「店内禁煙」「女性専用車両」というものもある。茂木さんの考えでは、これらも差別主義者による差別になるのだろうか。

そもそも、公衆浴場の「入れ墨お断り」の真意は、おそらく「暴力団お断り」なのだと思う。そして、「入れ墨お断り」とするには、それなりの事情や経緯があったはずだ。それらを無視して、「差別主義者」と言われてしまうことには強い抵抗を感じる。過去には入れ墨を入れたヤクザでも銭湯に入れた時代があったかもしれない。当時の店主や一般人がどういう気持ちだったかは分からないが、少し婉曲的とはいえ「暴力団お断り」と明言できる現在のほうが俺は好きだ。

「いや、この張り紙は浴場のオーナーに向けたものではない。差別主義者のお客様と書いているではないか」
と反論されそうだが、でもこの張り紙は「入れ墨お断りは差別だ」と言っているのと大差ないと思う。

ちなみに、俺は入れ墨がある人でも公衆浴場に入って良いと思っている。ただ、全身に入れ墨のある人たちが何人かいたら、入るのをやめるか、すぐに出るだろう。だって怖いもん。だから茂木さん、「怖い」という感覚を持つ人だっているんだし、それをあっさり「差別主義者だ」なんて言わないで。その「怖い」という感覚が差別だと言われてしまいそうではあるけれど……。

その後、茂木さんは、

この問題は陣取りゲームじゃないんだからさ……。賛成が増えたとか、反対派を駆逐したとか、そういうところで喜んでもなぁ……。もし、入れ墨の公衆浴場容認派が9割を超えたら、残りの1割は「怖いなぁ」「不安だなぁ」なんて思いを抱いて銭湯や温泉から遠ざかるかもしれない。
「弱者がいつしか強者になって、かつて強者だった人たちを弱者として排除する」
というのは、砂時計のように、差別をひっくり返しただけじゃないだろうか。

ここは、公衆浴場の経営者、入れ墨のある人、ない人、それぞれが歩み寄らないといけない。俺は公衆浴場に入れ墨を隠すサロンパスみたいなテープを置けば良いと思う。10センチ四方で1枚100円くらいで、キティちゃんやミッキーといったデザインにする。そして、貼ったままでの入浴可。これだと、3者がそれぞれ妥協して共存できる気がする。バカバカしいアイデアかもしれないが、賛成と反対で陣取りするよりよっぽど建設的だろう。

ぜんぜん関係ないんだけれど、これなんだか芸能人同士の馴れ合いに感じてしまうんだよなぁ。乙武さんが褒めちぎるほどスマートな指摘とも思えないし。


この件で茂木さんに注意が向いたんだけれど、そうしたら、こんなニュースが……。
茂木健一郎氏、2009年の所得申告漏れを中傷されTwitterでブチ切れる
ネトウヨの馬鹿どもが、脱税脱税って秋の虫みたいにうるさいから書いとくがな、オレが申告してなかったのは悪いよ。謝る、ごめんな。でも、倍返しでたくさん払ったんだよ。ものすごく損した。その後も毎年たくさん納税して、国家の財政に貢献している。お前らにごちゃごちゃ言われる筋合いはない!
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2014, 6月 19
脱税と中傷されて怒るのは分かる。でも、それと「ネトウヨの馬鹿ども」 がどうつながるのだろう? ツイッターをやっている著名人にしては、ちょっと煽り耐性が低いんじゃないだろうかと感じてしまう。そういうキャラでいこうという方針かもしれないが。

<関連>
米国で広がるタトゥー 国民の2割施術 批判の声も
アメリカ タトゥーの現状
フィリピン入国情報(退去命令に関して) 最下段に「体に刺青のある方は通常入国不可」

2014年6月19日

女性が幼児を「蹴り倒す」動画




母親を擁護することはできないが、かといって母親だけを叩いたところで何かが変わるわけでもない。それどころか、母親を攻撃することで、彼女の中にある恐ろしい何かを増幅させてしまうかもしれない。あるいは、彼女の中に残されている優しさの細い糸を断ち切ることになってしまうかもしれない。
天童新太の小説『永遠の仔』で、虐待を受けて育った主人公の一人はこう語っている。
「ときどきこの世界って、親が大人とは限らないってことを、忘れるみたいね。子どものままでも、親になれるんだから。親ってだけで、子どものすべてを任せるのは、子どもに子どもを押しつけてる場合もあるのよ。子育ては競争じゃないって伝えるところが、どうしてないの。支える道も作らずに、未熟な親を責めるのは、間接的に子どもを叩いているのと同じかもしれないのに」

幼児を女性が「蹴り倒す」動画――渋谷駅で撮影された「児童虐待」衝撃の現場

<関連>
殺さないで―児童虐待という犯罪

2014年6月18日

精神症状の把握と理解

精神症状の把握と理解
これは非常に名著であった。

2部構成になっており、第一部は「精神症状の診断」で、これは症候学である。非常に分かりやすく、それでいて深い内容であり、初学者には手放しでお勧めできるし、中堅入りかけの医師が知識の再確認に読むのにも適していると思う。

第二部は「精神医学特論」で、「感情の科学」「統合失調症症状の理解」「ストレスと精神健康」「新しい記憶理論と記憶障害の臨床」「面接における会話―とくに質問の形をめぐって」に分かれている。中でも最後の「面接における会話」は、たった14ページの中に精神科診察時における質問のエッセンスが凝縮して提示され、そしてそれがまったくもって押しつけがましくないところに畏敬の念をおぼえてしまった。

そうとるかぁ……


サクラが生まれて2年4ヶ月。さらにもうすぐ生まれる次の娘のことを考えると、彼女らがいてこそ自分の親としての成長はあるのだなと感じ、しみじみとした気持ちで上記のようなツイートをした。

ところが、これに対して、
「なかなか妊娠しない人もいるし、流産を経験した人がいることも考えるように」
といった意見をもらった。

……え!?

この文章は、不妊に悩む人や流産を経験した人への配慮を欠いている……のか? うーん、いまいち分からない。

文章をそのまま読んでもらえれば、
「親がいなくても子どもは育つと言うが、逆に親のほうは子ども不在では成長できない」
という意味にとれる、というか、そうとしかとれないと思うんだけれど……。親が親として子どもと関わっていくことで、親は親として成長していく、そういうことを伝えたかったのだが、かといって、この短い一文をより詳細に、
「親はなくとも子は育つと言うが、親は親として子どもと関わることで、親として成長していき、親が親として子どもと関わらないと、親は成長できない」
というような冗長なものにはしたくない。

これがもし、なんらかの事情があって子どもと離れて生活している人から、
「それなら自分は成長できないのか!?」
と怒られたり、お子さんを喪った方から、
「そういうふうに言われるのは心が痛む」
と指摘されるのならまだ納得いくが……。

この文章はあくまでも「親」のことについて書いているのであって、「未だ親でない人」に対して言及しているわけではない。「親になってこそ一人前」とか「親にならないと、親の気持ちは分からない」とか「人は親にならないと成長できない」とか、そういうことを言いたいわけでもないし、そんなことは思ったこともないし、この文章がそういう解釈になるはずがないと信じる。

「子がいないと成長できない」
この一文だけを抜きだせば不快に思う人もいるだろうが、文章というのは前後も含めて意味があるわけで……。

「可愛い子には旅をさせろ」
という言葉に対して、
「我が家にはお金がないから子どもに旅をさせられないが、子どものことは愛しており、可愛くないから旅をさせないわけではない」
そんなツッコミをするだろうか……?

「親」「子」というデリケートなものを含む文章だから過敏な解釈と反応があるのかもしれないが、これを「精神科医」と「精神科患者」に置き換えても似たような文章が作れる。

精神科患者は精神科医がいなくても成長するが、精神科医は患者がいなくては成長できない。

これは例文であるが、同時に真実でもある。そしてこの文章が、医学部に入りたくても入れない人、中退してしまった人、国試に落ちた人に対して何かを言っているわけでないことは明らかだ。

なんだかモヤッとしたやり取りであった。

2014年6月17日

アンパンマン・ミュージアムとサクラ

5月の連休にアンパンマン・ミュージアムに行った。もの凄い人だかりの中、サクラはあちらこちらへと行きたがる。身重の妻には休憩させ、父娘で手をつないで行ったり来たり。父の気分としては「楽しい」というより、やはり「幸せ」という言葉がピッタリくる。3人でアンパンマンのダンスショーを見て、サクラはちょっと照れながらみんなと一緒にダンスを踊った。

連休から帰った翌日、サクラはオモチャをしまうカラーボックスの上に立った。手にはオモチャのマイク。そして、こう言ったのだ。

「ホニャラホニャハニャ(意味不明)、ねっ!! アンマンマン・ミュージアム、スタート!!」

どうやらダンスショーの時の司会のお姉さんの物まねをしているらしい。マイクを構え、周りを見渡しながら、

「ハンニャラホニャラハンナララ(意味不明)、ねっ!! アンパンマン・ミュージアム、スタート!!」

何度となく繰り返すサクラの姿があまりに面白くって、愛しくて……、なぜだかちょっと切なくて……。

まだまだ未発達な言葉ながらに、

「アンマンパン・ミュージアム、よかった~ねっ!」

なんて言うのである。

アンパンマン・ミュージアム、また行こうね。

悪の出世学 ヒトラー・スターリン・毛沢東

悪の出世学 ヒトラー・スターリン・毛沢東
歴史的・地理的な教養がないので、読むのに結構苦労した。うーん、歴史教養を身につけたいんだけれど、まったくもって覚えきれない。ある種の学習障害みたいなものだと思う。

2014年6月16日

1ヶ月ぶりのサクラ

約1ヶ月ぶりに妻子と対面してきた。
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(写真は平成25年12月11日)

この1ヶ月間、時どきスカイプで喋ってはいたけれど、やっぱり生サクラは楽しい!!

6月11日の22時半くらいに妻の実家に到着した時には、すでにサクラは夢の中。俺も疲れていたのですぐに横になって寝て、翌朝いつものように5時過ぎに起きて、寝ているサクラを眺めていた。

どれくらいそうしていただろうか、ふっとサクラが目を開けた。

そして俺と目が合った。

キョトン……、それから寝ている妻のほうを向き、改めて俺を見て、また妻を見て、ふたたび俺を……、そうやって何度か見比べた後、妻に向かって、

「あぇ?」

そう言ったかと思うと、急に泣き出して妻のふところに飛び込んで行っちゃった(笑) 仕方がないのでリビングに行って読書していたら、廊下の向こうの寝室からサクラの声が聞こえる。

「ママ、いっといぇ(行っといで)、ママ、いっといぇ!」

「照れずに、サクラが自分で行けばいいでしょ(笑)」

「ママ、いっといぇ!」

リビングから顔を出すと、サクラも寝室からこちらを見ている。

「おはよ」

そう声をかけると、サッと引っこんで行ってしまった。そしてまた、

「ママ、いっといぇ!」

どんだけ照れ屋だよ(笑)

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(写真は平成25年12月12日)

そういう流れで始まった父娘の4日間。1ヶ月間で心身ともに成長しており驚かされた。サクラの一挙手一投足を見ては喜んだり、楽しんだりだった。

俺のお気に入りは、「高い」と「枝豆」の言い間違い。「高い」は「かたい」という定番ミスなのだが、枝豆はなぜか、

「エーダーナーナーメ」

これをリクエストに応えて何回も言ってくれるから面白い。

それから今回で一番嬉しかったのは、夜に俺の腕枕で寝てくれたこと。
おつきさまこんばんは
電気を消して、これをウロ覚え&アレンジで語って聞かせながら、
「おつきさま~、せぇのっ!」
と声をかけて、一緒に、
「こんばんは」
と言うのを何度か繰り返したあとに満足げに寝ていた。

よく抱っこを求めるサクラだが、彼女なりにその時々での好みがあって、「抱っこ」、「おんぶ」、「かぁたうーま」(肩車)、「赤ちゃん」という4種類がある。「抱っこ」は正面からしがみつくような感じだが、「赤ちゃん」というのはいわゆるお姫様抱っこみたいな感じだ。さすがにだんだん重くなってきて、「赤ちゃん」で長距離を歩かされた時には腕が辛かった。

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(写真は平成25年12月14日)

そんなこんなで6月15日の日曜日になり、お別れの時がやってきた。
「お仕事に行ってくるね!」
と言うと、
「サクラも、おちごと、いく~!」
と、かなりグズグズ言ってくれて、これもまた嬉しい困りごとだった。


今のところスクスクと、順調に優しく育ってくれています。

ルーズヴェルト・ゲーム

ルーズヴェルト・ゲーム

良い意味でも悪い意味でも、ライトでチープな物語。分厚いけれど文字数はそう多くなく、文章量としては大したことはない。それなのに、登場人物が多すぎる群像劇で、それぞれの人物に深みがない、まったくない、これっぽっちもない。

ただし、ストーリーは面白い。ちょっとウルッとくる。嫌いではないぞ、こういう安っぽい設定と展開、そして気持ちの良いラスト。

この本は、サラサラと喉ごしの良い美味いビール。ただし、ノンアルコール。ぜんぜん酔わない。読み終えた後の陶酔感もゼロ。

そういう本が好きな人にはお勧め。

2014年6月9日

禁煙で肺がん増加?

面白くってバカバカしい記事があったので、まずはそれを読んで欲しい。
禁煙で肺がん増加?「たばこ以外の要因を追究すべき」と識者 

4月10日、韓国で15年にもわたって続けられてきたひとつの裁判に終止符が打たれた。長年たばこを吸ったことで肺がんや咽頭がんになったとして、30人の元喫煙者が国とたばこメーカーKT&Gに損害賠償を求めた訴訟である。
日本の最高裁にあたる大法院が下した判決は“原告敗訴”。このニュースを報じた朝鮮日報によれば、裁判官はこう判決理由を述べたという。
<肺がんは喫煙によってのみ引き起こされる疾患ではなく、物理的、化学的、生物学的な因子と生体の内的因子の複合作用によって発病する。喫煙のせいで肺がんにかかったという因果関係を立証するに足りる蓋然(がいぜん)性は証明されていない>

日本でも禁煙運動の根拠となっている「たばこ=肺がん」という定説。年間8万5000人が罹患して、6万人以上が死亡する恐ろしいがん種ゆえに、「たばこを吸えば必ず肺がんになりますよ」と警告されれば、禁煙に励む人が増えるのも当然だろう。
だが韓国同様、たばこと特定の疾病リスクとの因果関係を示す科学的な実証データは乏しく、単なる刷り込みで先入観に過ぎないとみる向きもある。中部大学教授の武田邦彦氏がいう。
「今や日本では“禁煙すると肺がんが増える”おかしな状況になっています。成人男性の平均喫煙率はピーク時の1966年が83.7%だったのに対し、2013年は32.2%と半数以下に減っています。にもかかわらず、肺がんによる死亡率は1950年から1995年ごろにかけて顕著に増加し、がんの死因の1位を長らくキープしているのです」

武田氏がこうした見解を述べる度に、禁煙団体や医師らは、
「肺がんの死亡率は1995年から減っている。喫煙の影響が現れるには20~30年のタイムラグを見る必要がある」
と指摘してきた。だが、武田氏はさらにこう反論する。
「確かに死亡率は徐々に減少傾向にありますが、それは喫煙歴とは関係ありません。その証拠に、女性の喫煙率は過去50年間15%前後と横ばいなのに、死亡率グラフは男性と同じ曲線を描いているからです。また、肺がんにかかる罹患率も、タイムラグを考慮しても喫煙者数の減少とは逆に増える傾向にあり、どう考えても説明がつきません」

喫煙率と肺がんによる死亡率になんら相関関係がないことは、日本の都道府県、ならびに世界各国の調査を比較しても明らかだ。
「国立がん研究センターがん対策情報センターの調べでは、男性の肺がん死亡率が高いのは鳥取、和歌山、大阪、兵庫など西の地方が軒並みベスト10に入っています。でも、喫煙率の低い上位5県をみると島根、奈良、福井、京都、鳥取。つまり、たばこを吸わない県の人たちが多く肺がんで死亡しているという結果が出ています。
世界に目を向けても同じことがいえます。WHO(世界保健機関)が2002年にまとめた調査によると、男性の喫煙率が高い上位国はモンゴル、中国、韓国、トルコと続きます。一方、肺がん死亡率のワースト国はハンガリー、オランダ、ルクセンブルク、ベルギー……とまったく違う顔ぶれとなっています」(武田氏)

もちろん、こうしたデータだけで喫煙と肺がんの因果関係が完全に否定されたと言い切るのは乱暴だ。しかし、いくら禁煙しても肺がんが減らない状況が続くならば、たばこ以外の要因も突き詰めなければならないのは自然な流れではないか。武田氏も同調する。
「たばこだけを悪者にする不合理なバッシングはそろそろやめたほうがいい。排ガスや粉じんなど有害な大気汚染、その他、食生活、ストレス、民族性や遺伝的要因など真なる原因を突き止めなければ、肺がん患者は減っていかないと思います」
行き過ぎた禁煙運動が足かせとなって、がん予防の対策を遅らせているのだとしたら、その責任は一体誰が取ってくれるのだろうか。
http://news.livedoor.com/article/detail/8908040/
識者って誰かと思ったら、識者芸人の武田教授かい(笑)

死亡「数」と死亡「率」は違う。禁煙効果で肺がんの死亡「数」が減ったとしても、健康志向や治療技術の向上でその他の要因による死亡「数」や全体の死亡「数」も減れば、肺がんの死亡「率」は横ばいになる。

皆さんも小学校の時に、「率」同士を引き算や足し算してはいけませんって習ったはずだ。50年前の死亡率から今の死亡率を引いて、「差が0だから減っていない、変わらない」というのはおかしいのだ。

まして、「昔から今を引き算したらマイナスになった。つまり、禁煙が広まった今のほうが肺がんが多い」と言うのは算数の間違い。非常にキャッチーな「禁煙すると肺がんが増える」なんてのは、武田教授本人が実際にそう言ったかどうかは分からないが(武田教授なら言いそうだが)、アホの極みである。

ただし、
「たばこだけを悪者にする不合理なバッシングはそろそろやめたほうがいい。排ガスや粉じんなど有害な大気汚染、その他、食生活、ストレス、民族性や遺伝的要因など真なる原因を突き止めなければ、肺がん患者は減っていかないと思います」
これに関しては、後半は同意。とはいえ、タバコを悪者にするのは決して不合理なバッシングではない。タバコ「だけ」をバッシングしている人もそう多くはない。タバコが目の敵にされる大きな理由の一つは、副流煙の臭いや喉の不快感でイヤな思いをしている人が非常に多いことにある。

この記事のタイトルが『タバコ以外の要因追求すべき』ではなく、『タバコ以外の要因追求すべき』なら、まだ救いがあったのだが……。

それから些細な指摘ではあるが、
「たばこを吸えば必ず肺がんになりますよ」と警告
こういうオフィシャルな警告は見たことも聞いたこともない。そして、この架空の警告をスタート地点にするからわけの分からない話になっているような気がする。


<関連>
この件に関して、より理知的に説明してあるサイト。
「喫煙率が下がると肺がん死が増える」のはなぜか?
「タバコを吸うとガンになる可能性は3分の1以下になる!」。何が何だか分からないよ!

ビヨンド・エジソン

ビヨンド・エジソン
最相葉月が12人の科学者にインタビューしたものをまとめた本。事前にそれぞれの科学者に対して、「自分に影響を与えたと思う伝記・評伝を一冊挙げて、それを切り口に現在に至るまでの研究生活について聞かせて欲しい」と依頼してあり、「へぇ、みんないろいろな人の伝記を読んでいるものなのだなぁ」と思った。俺は伝記はほとんど読んだことがなく、読んだとしてもほとんど覚えていないので、妙に関心してしまった。

この人の本で、非常に興味あるのがこれ。
セラピスト
なんと中井久夫先生と対談したものだ。これは文庫になったら絶対買おうと思う。

2014年6月8日

修学旅行生、被爆者に「死に損ない」 体罰禁止はやはりおかしい

修学旅行生、被爆者に「死に損ない」 大切なことを伝えきれない大人たちの続きである。

体罰禁止の人たちといろいろなやり取りをして、感じたことは3つ。

1.しょせんは他人事。
2.具体策がないか、あっても説得力に乏しい。
3.体罰禁止で育った子どもたちは、自他ともに危ない。

それぞれについて、なるべく手短に書いていきたい。

1.しょせんは他人事。
長崎には被爆者、被爆2世、3世が多い。妻の亡祖父も被爆者である。そういう立場からすると、この生徒らの暴言は自分の家族に吐かれたに等しい。恐らく、長崎、広島出身の人たちの多くが似たような気持ちを持つのではないだろうか。ところが、長崎に縁もゆかりもない人からしてみたら、このニュースは、70年も前に日本の端っこに落とされた原爆の生存者に向けられた暴言についてである。いまいちピンとこないのも当然だ。

これをもっと最近の出来事に置き換えてみる。例えば東日本大震災の被災地を修学旅行で巡り、慰霊碑で生存者から話を聞く場面を想像して欲しい。そこで中学生が生存者を「死に損ない」などと罵倒し笑ったなら、どう感じどう行動するだろう。阪神大震災、サリン事件、米国同時多発テロ、そういった事件・震災の生存者に対してならどうだろう。あるいはもっと身近で事例が多い「親が自殺した人」「火事や事故で生き残った人」に対して、生徒が「死に損ない」と笑っていたら? 記事によると、問題となっている中学生5人は、
周りの生徒に向けて「笑え」「手をたたけ」などとはやし立てた。男性教諭も注意したが暴言は続き
これでも、ひたすら口頭注意し続けることが正しい教育なのだろうか? 俺にはそうは思えない。それでも体罰は絶対にダメだと主張して、
「暴言を吐いた生徒の心に寄り添って指導する」
と言う人もいたが、暴言の被害者に対してそこまで「他人事」でいられるというのに、加害者の心に寄り添えるわけがないではないかと思ってしまう。


2.具体策がないか、あっても説得力に乏しい。
体罰が絶対にダメなら、このケースではどうすべきだったのだろう。体罰反対者で、そこまで具体的に述べる人はごく一握りである。「他者を尊重することを日ごろの教育で~」という抽象的な意見が多く、しかもそれは「今後どうすべきか」であって、「今回どうすべきであったか」ではない。いま目の前で、生徒が被爆者を罵倒していて、罵倒される被爆者が立ち尽くしていて、そこで「日ごろの教育が~」なんて言うのは無力、というよりバカバカしい平和ボケである。

上述したように、この生徒5人は教師に口頭注意されている。それでも暴言を続けたわけで、そこでどうすれば良かったのかを体罰反対者には具体的に教えて欲しい。ある人は具体策を提示してくれた。まとめると、
「暴言を吐いた生徒をバスに乗せるなどして一旦その場から離し、その生徒らから見える場で、教師が森口さんに誠心誠意で謝罪する。また、その後に生徒になぜ暴言を吐いたのかを問う」
というものであったが、なにせ相手は教師が注意してもやめなかった5人である。そうそう簡単にバスに乗るとは思えない。「来い」「嫌だ」「良いから来なさい」「なんでだよ「とにかく、ほらっ」「いてーな、放せよ」「バスに乗りなさい」「いてーっつってんだろ、これ体罰だよ体罰」という場面が思い浮かぶ。こういう徹底的な抵抗にあった場合について質問すると、
「もしも彼らがバスに乗らないようなら、現地教育を中止してクラス全体をバスに引き揚げさせる」
という答えであった。これだと日本人として絶対に学んでおかないといけない原爆について現地で学ぶ貴重な機会を、バカな5人の生徒のために生徒全員から奪うことになる。その場で張り倒して謝罪させてバスに引っぱって行って反省させれば済むのに、体罰反対を守るために生徒全員から学ぶ機会を奪ってしまう。まるで一部の部員の不祥事で甲子園出場を辞退するケースのミニチュア版を見ているようだ。これが教育のあるべき姿だとはとうてい思えない。


3.体罰禁止で育った子どもたちは、自他ともに危ない。
体罰礼讃主義と思われそうだが、俺は決して体罰推進派ではない。俺自身がとんでもない体罰の被害者でもある。毎朝テストがあって80点未満ならビンタ、そういう学校なんてそう多くないはずだ。柔道の授業で、無言で近寄ってきた教師からいきなり股間を蹴りあげられる学校もそうそうないはずだ、しかも蹴った後に教師が述べた理由が「柔道着の中にTシャツを着るな」である(これは俺自身ではなく目の前で友人が受けた体罰だが)。高校の3年間、体罰が皆無だった日は一日たりともなかった。こういう体罰を受けてきた身として、体罰はむしろ大反対ですらある。

それでも、俺は「法律によって体罰を絶対的に禁止すること」には断固として反対だ。
「何をしても言っても叩かれない」
そこから生まれるのは、安心感でも信頼感でもない。できあがるのは、弛緩した空気、緊張感の欠如である。反抗期という大切な時期に、暖簾に腕押しのような大人に囲まれた子どもたちは、何がどこまで許されるのか、「ここから先はヤバい」というラインがどこにあるのか、そういうことを見極めることができないまま大人になっていく。誰かを傷つければ、そのしっぺ返しを食らうということを知らないまま育つのは、周囲のみならず自分の身さえも危険にさらすことになる。少年法に守られている間だからこそ、法律には明示されていなくとも、社会に厳然としてある暗黙のルールを叩きこまないといけない。いや、叩き込んであげることが、その子の将来のためなのだ。

繰り返しになるが、俺は体罰には大反対である。「テストの成績が悪いから」「部活で失敗したから」という理由での体罰は言語道断である。しかし、誰かの尊厳を傷つけ、口頭で注意したのにもかかわらずやめようとしないような場合、体罰はして然るべき、されてありがたく思うべきものである。

これは断じて、「いつ叩かれるか分からないビクビクした学生生活」を勧めているわけではない。「度を超すと叩かれることもある」という緊張感は持たせないといけないというだけの話である。教育効果があるかないかも問うていない。徹底した体罰で成績が伸びるという意味での教育効果は自分自身で実証済みだが、俺が体罰に求める効果はそういうことではなく、「超えるとヤバいライン」を身につけさせることにある。試験や部活で上を目指すための体罰ではなく、人としての最低ラインを死守するための体罰だ。警官が持つ拳銃に近い。撃つべき時には撃つ。そして、本当に撃つべきだったかをきちんと検証する。警察が拳銃を持たないようにすれば、今より平和な日本になるなんて考える人、いないだろう?

体罰の絶対禁止は、見直さないといけないのだ。


※家庭教育こそが最も大切なことは言うまでもないが、ここでは「学校での体罰の絶対的な禁止に反対」ということをテーマにしている。また近年では、
「勉強は家と塾でしっかりやらせるから、学校では躾をしっかりお願いします」
という親がいるなんて話も聞く。

2014年6月7日

修学旅行生、被爆者に「死に損ない」 大切なことを伝えきれない大人たち

修学旅行生、被爆者に「死に損ない」 横浜の中学校謝罪 
2014年6月7日

修学旅行で5月に長崎市を訪れていた横浜市の公立中学校3年の男子生徒5人が、被爆遺構を案内していた被爆者で語り部の森口貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=に「死に損ない」などと暴言を吐いたり、やじを飛ばしたりしていたことが分かった。森口さんは学校に抗議し、校長が電話で謝罪した。

森口さんは原爆投下後に長崎市中心部に入り、入市被爆をした。小学校の教諭を退職後、1998年から被爆遺構の案内や講話をしている。現在は「長崎の証言の会」の事務局長を務め、案内や講話の回数は年100近いという。

森口さんや学校によると、3年生119人が5月27日、長崎市を訪れ、証言の会の会員9人が班ごとに被爆遺構を案内した。

森口さんは10人ほどを爆心地から600メートルほどの山里小学校へ案内。原爆で多くの児童が亡くなった話を始めようとした際、この班とは別行動をしていたはずの男子生徒5人が近づいてきて、うち数人が「死に損ないのくそじじい」と大声を上げた。森口さんは話を聞くよう注意したが、5人は周りの生徒に向けて「笑え」「手をたたけ」などとはやし立てた。男性教諭も注意したが暴言は続き、山里小では案内ができなかったという。

森口さんは翌日、「たいへん悲しいことでした。多くの被爆者の方に申し訳なく、つらい時間でした」と記した手紙を校長に郵送。返信がなかったため、今月3日に学校へ電話すると、校長から「すみませんでした」と謝罪されたという。

校長は取材に対し、森口さんらと最初に対面した際、男子生徒の一人の態度が悪く、森口さんから「出て行け」としかられた経緯があったと説明。暴言について「逆恨みをして言ったのだろうが、許される言葉ではなく反省を促したい。十分な指導ができず申し訳ない」と話した。今後、生徒の感想文とともに校長の謝罪文を森口さんに送るという。

森口さんは「こんな経験は初めて。被爆69年となり、戦争や原爆をひとごとと感じているのだろうか。本気で向き合ってもらえなかったことが悔しく、悲しい」と話した。(山本恭介、岡田将平)
http://www.asahi.com/articles/ASG673RG9G67TOLB001.html?iref=com_alist_6_01
「男性教諭も注意したが暴言は続き、山里小では案内ができなかったという」

こういう生徒を前にして、教師は張り倒す以外にどうしたら良いんだろう?

体罰は無益であり、教育効果はないと主張する人たちは多い。また、体罰は法律で禁止されていると法を根拠にする人もいる。

確かにそれはその通りだと思うし、教師や大人が子どもたちに自ら法を守る姿勢を見せることは大事だ。しかしそれ以上に、
「法に書いていなくても犯してはいけないことがある」
ということを教えるほうがもっと大切ではなかろうか。

それから、被爆者に対して「死に損ない」と罵った中学生に対する体罰は、教育効果としては無益かもしれないし、体罰にはいくらかの有害性があるかもしれないが、この状況において、
「体罰は法で禁じられているから」
という理由で、教師が口頭注意のみで済ませようとすることのほうがより有害である。

最後に、一連のできごとを見ていた他の中学生、罵られた森口さん、そういった人たちのことも考えなくてはならない。口頭で注意したのに暴言を続けた中学生を、教師がその場で張り倒して黙らせ、土下座をして謝らせれば、少なくとも森口さんには、完全にとは言わないまでも、なんらかの癒しがあったはずだ。

「効果」とか「有益か無益か」とか、大人が子どもに何かを教え伝えていく時に最重要なのは、そういうドライなものなのだろうか? 

俺は違うと思う。


最後に、校長の対応は最悪中の最悪である。

<この話のつづき>
体罰禁止はやはりおかしい


2014年6月6日

たまねぎ

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パウエル―リーダーシップの法則

パウエル―リーダーシップの法則
パウエル自身が書いた『リーダーを目指す人の心得』のほうが読みやすくて、示唆に富んでおり断然お勧め。

2014年6月5日

病院の紹介状ってどんなもの?

紹介状なしで大病院を受診した場合には、初診料を全額自己負担させる方針を厚労省が固めたようだ。このニュースに対する批難を眺めているうちに、「紹介状」というのをもの凄く誤解・勘違いしている人が多そうだという気がしてきた。

極端なものでは、
「金持ちでコネがあって、紹介状を書いてもらえる人だけが大病院にかかれるのか」
といった批難もある。これはあまりにも無知すぎるが、それでも多くの人が紹介状を、
「うちにかかりつけの患者さんですが、どうぞヨロシク!」
みたいなものだと勘違いしているようだ。

紹介状は、今は正式には「診療情報提供書」と言うが、医師同士でも面倒くさいので「紹介状」と言ったり書いたりするのが普通だ。この紹介状に記載する内容であるが、名前や性別、年齢、住所といった基本事項は当然として、あとは以下のようなものになる。

1.診断名
これは一つのこともあるし、二つ以上のこともある。また「疑い病名」といって、診断確定はしていないけれど、紹介先で詳しく調べて欲しい場合などに「○○疑い」と書く。

#1.肺がん疑い
#2.高血圧
#3.糖尿病

2.紹介目的
詳しい検査をして欲しいとか、入院させて治療して欲しいとか、そういうことを書く。

3.既往歴
これまでにどんな病気をしたことがあるかを書く。

29歳時 バセドウ病で甲状腺摘出術
52歳時 ペースメーカー埋め込み術

4.家族歴
家族の病気で、患者自身の病気とも関係していそうなものを書く。
父 肺がんで死去(70歳)
母 乳がん
兄 肺がん

5.現病歴
今回の紹介に至るまでの経緯を書く。
「平成25年末頃より咳嗽を自覚し、血痰が混じるようになったため、平成26年5月8日に当院を初診されました。当院の胸部レントゲンでは右肺上野に結節影を認めました。採血ではSCC高値(検査結果を添付します)で、30年来のヘビースモーカー(40本/日)であること、がん家系であることなどから肺がんを疑っています。つきましては貴院にて御精査および御加療をお願いできませんでしょうか。
大変お忙しいとは存じますが、よろしくお願い申し上げます」


以上は、内科の紹介状を想像で書いたものだが、精神科では現病歴のところに「生活歴」というものを書くことが多い。これがまた大変で、

「東京都にて3名同胞中第2子長男として出生した。発育・発達に問題はなく、地元の小中学校、A高校を卒業後、B大学へ進学・卒業した。株式会社Cへ就職し、25歳時に結婚、挙児3名」

といったことを記すのだが、あまりに長い場合には紹介状をもらったほうが読み疲れるので、生活歴が今後の診断や治療にあまり影響がない場合には、ある程度の要点だけを書くことも多い。

なんにしても、紹介状作成というのはまともな医師が書く限りにおいては、わりと大変な仕事なのである(中には杜撰な一行紹介状を書く医師がいることも確かだ)。
紹介状なしの大病院受診、初診料を患者の全額負担案
朝日新聞デジタル 5月9日配信

厚生労働省は、紹介状を持たずに大病院を受診した患者に新たな負担金を求める制度を、2016年4月をめどに導入する方針を固めた。初診時には現在の初診料にあたる2820円を、再診時には再診料720円を、それぞれ患者に全額負担してもらう案を軸に検討する。軽症で大病院に行く患者を減らし、医師が高度な治療に専念しやすくするねらいだ。年内に具体案を固め、来年の通常国会での法改正をめざす。
一般病床の数が400以上の病院では、紹介状を持たない患者が外来の8割を占める。患者が集まる大病院は多忙で、本来の役割である重症患者の治療に医師が専念しにくくなる。紹介状なしの患者に上乗せで負担を求めるのは、受診のハードルを上げ、こうした状況を改善するためだ。
厚労省は近く審議会で具体案の議論を始める。検討の軸とするのが、初・再診料分の金額を患者に負担してもらう案。今は初診料が2820円、再診料は720円だが、公的な医療保険が適用され、患者の負担は3~1割で済む。これを診療報酬とは別の料金にし、10割分を自己負担にする。
http://www.asahi.com/articles/ASG585G4GG58UCLV00C.html

月の上の観覧車

月の上の観覧車
もの凄く当たりハズレの大きい小説家・荻原浩の短編集。文庫版のAmazonレビューは星2つだが、単行本のほうではもっと評価が高い。そして俺の評価も高い。

確かに文庫本レビューで星2つ付けた人の言いたいことも分かる気がするが、俺は買って良かったと思った。人生の折り返し地点あたりにいる人にこそ読んでみて欲しい一冊。

優先席

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2014年6月4日

若手と飲み会

先日、新人看護師、2年目事務員、2年目放射線技師を連れて飲みに行った。

俺が到着した時にはすでに事務員が着いていたのだが、いわゆる一番の「上座」に座っているのには苦笑してしまった。
「将来的には事務職の幹部として、島外から来る医者の接待などをする可能性もあるわけで、上座下座でグダグダいう医者もそう多くはないだろうけれど、万が一機嫌を損ねないとも限らないから、どこが上座かは意識しておきなさい」
といったことを伝えた。

ビールで乾杯して、飲み干した後に焼酎のボトルを頼んだ。届けられた焼酎とグラスは看護師の前に置かれた。彼がそのグラスを空のまま俺に渡そうとするので、
「こういう時には、酒をついでから渡すんだよ(笑)」
と突っ込んだ。どうやらどの部署でも、そういう社会人の基礎教育みたいなものはあまりされていないらしい。

放射線技師には特に突っ込むところもなかったが、
「技師はただ撮るだけでなく、病気を見つける目を養うんだよ。そのためには病気について一杯勉強しないといけない。そして例えばCTの画像で怪しいものを見つけたら、放射線科医の指示を待たずに、自分から冠状断や矢状断を作っておく。『これ矢状断つくって』 『はい、できてます』 みたいな。そうすると優秀な技師だなと評価されるよ」
という話をした。

面白かったのは、技師が赤ワインとコーラを割って飲んでいたこと。俺も飲ませてもらったが、薬っぽい味がした。ネットで調べたら「カリムーチョ」というらしい。

飲んで食べて、若い子らの恋話を聞いて、なんだかんだで4時間くらい居座った。といっても夕方5時スタートだったので9時解散だったのだが。お会計2万円。若手への投資として、手ごろに済んでホッとした。

酔駅

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2014年6月3日

我が家のムカデ対策

去年のムカデ騒動は俺の記憶に新しい。
人生最大の恐慌
午前2時、またムカデ……

それで部屋用のテントを買った。
簡単組み立て蚊帳 幅200cm×高さ160cm

ところが、これは骨がグラスファイバーで、ある日妻が掃除するために動かそうとしたらポキッと折れてしまった。あらかじめ妻に「折れるものだから丁寧に」と伝えておけばよかった……。

そいういうわけで、今年はまだテントなしで寝ている。怖いので、テント以外の対策を念入りに行なった。

アリ・ムカデ粉剤 1kg

引っ越し直後から使っている定番アイテム。わりと効果があり、撒いた周囲で小型のムカデの死骸をいくつか見かけたことがある。

ムカデコロリ(毒餌剤)容器タイプ 8個
初めて見つけた。さっそく買ってあちこちに仕掛けてみた。効果のほどは不明。

そして、今回イチオシはこれ!!
ムカデコロリ(毒餌剤)顆粒タイプ 250g
これ地味に「ナメクジにも」と書いてあるんだけれど、それ以外にも我が家に大量発生するダンゴムシやゲジゲジ、バッタなどもこの餌を食べるようで、これを撒いてからというものバッタやダンゴムシの死体がゴロゴロ。もちろんナメクジの死体もたくさん。この撒き餌の毒性は不気味なほど強いみたいで、バッタもゲジゲジも体液をまき散らしながら死んでいる。その凄惨な光景に、同じ生物として戦慄してしまうほどだ。しかし、それでもムカデの死体はゼロだった……。

それが今朝、ついに死にかけのムカデを発見。全長10センチほどか、けっこうデカイ。そしてそのムカデに寄り添うようにして、完全死体のゲジゲジとバッタが……。これはいったいどういうことだ!? ちょっと想像を膨らませると、先にバッタやゲジゲジが撒き餌を食べて死にかけ、それを見つけたムカデが「ゴチになります」と捕食して食中毒という流れなのかもしれない。なんにしろ10センチ級のムカデを一匹退治できたのは精神衛生上、非常によろしい。

以下、その現場の写真。ムカデの画像あり。苦手な人はスルー推奨。

夕暮れの太郎

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2014年6月2日

生きる意味のない体にサヨナラを

事故から3年。寝たきりになったとはいえ、奇跡的に、そして幸運なことに意識はしっかりしている。ただし、手も足も、指一本さえ動かない。首から下の感覚もないが、首から上の感覚は残っている。目は時どき家族や看護師が開けてくれるが、そのままだと今度は瞼が開きっぱなしになって眼球が乾燥するので、基本的には閉じられている。外から見れば、いわゆる植物状態だ。

こういう体になってみて思うのが、聴覚や嗅覚だけでも残っていて良かったということだ。3年の間に、人の声の聴き分けはもちろんのこと、近づいてくる足音で誰かが分かるほどになった。とはいえ、基本的に目は閉じているわけだから、正解かどうかは声と匂いで判断するのだが。家族に限って言えば、声を聞かなくても、匂いと、かすかな身じろぎの音、それから独特の空気で、それが父なのか母なのか、それとも兄や妹なのかが分かるようになった。

例えば、父のいる空気はほとんど動かない。何分かに一度、パラリと本のページのめくれる音がする。そして時どき、父は僕に目を向ける。目を閉じていても、父のまばたきや眼球の動く音で、それが分かるような気がするのだ。
母の空気は柔らかい。母はそっとカーテンと窓を開けてくれる。僕に残された首から上の感覚は、新鮮な空気と陽射しに酔いしれる。それから母は、頻繁に僕の布団のしわを伸ばしたり、首元の布団をなおしてくれたりするのだ(僕は寝返りなんかうたないのに!!)。
もうすぐ30歳の兄の空気は、だんだんと父に似てきた。ただ、読んでいる本が父と違って雑誌なのだが。面白いページにあたると、兄はそれを僕に読み聞かせてくれる。僕はそれを聴きながら、まだ幼稚園児だったころのことを思い出す。小学生の兄は、よく枕もとで絵本を読んでくれた。そして、とても下手だったのだ。今と同じように。
来年の春に大学を卒業する妹の空気は、母に似ることもなく、自分の道をまっしぐらである。まるで10センチくらいの小さな竜巻が何十個も飛び交っているかのようだ。母みたいに柔らかくはないが、それはそれで、僕の動かない体にとっては清々しい。

耳と鼻だけで生きてきた3年の間に、風の香り、雨の音、鳥や虫の声、そういったもので季節の移ろいを感じてきた。そうやって、少しずつ少しずつ、僕はこの音と匂いにあふれた真っ暗な世界を好きになった。だから僕は、音読の下手な兄と、竜巻の妹に感謝している。2年前、僕の安楽死カードに従おうとした父と母を説得して止めてくれたのが、この二人だったからだ。

「体が動かなくて、意思表示もできないのに、生きている意味なんてないやい!」
安楽死カードに署名した5年前、僕はまだ20歳で、いつまでも健康な体のまま年老いて死を迎えるものだと思っていたから、そんな気持ちで、いや、実際に笑いながらそう言葉にしたかもしれないが、とにかく僕は、そのカードに僕の名前を書いたのだった。迷いもなく、活き活きと、力強い筆跡で。

もうすぐ、夏が来る。昼には蝉が鳴き、夜には蛾たちが窓を叩く。にわか雨が降れば、独特の匂いとともに遠くでカエルの合唱が始まり、雷が鳴れば看護師たちが騒ぎ出す。夏祭りの音が遠くから響き、時どき、近所からは子どもたちのはしゃぐ声と小さな花火の音、それから蚊取り線香の匂いが漂ってくる。とても楽しい季節だ。

そんなことを考えていると、カラカラと耳慣れた音が近づいてきた。点滴スタンドだ。それから足音が、1、2、3、4、5、……、6人分。父と母、兄と妹、それから主治医と看護師だ。
「良いですね?」
主治医の声が固い。しばらくの沈黙の後、かすれた父の声が聞こえた。
「はい」
父の、ほとんど動かないはずの空気が揺れた。震える母の声が続いた。
「お願いします」
柔らかさを失った母の空気が、僕をぎゅっと包み込む。
ふぅっ、と歯を食いしばったような兄のため息が聞こえた。父に似てきた兄の空気は、いまは無理やりに動きを止めているかのようだ。
妹が鼻をすすった。涙に濡れた瞬きの音が聞こえる。何十個もあった小さな竜巻は、いくつものつむじ風になってしょげている。

兄と妹が安楽死を止めてくれてから2年。僕のいないところで四人がどんな話し合いをしたのか分からない。ただ一つだけ分かることは、これから僕が安楽死するということだ。体が動かないうえに意思表示もできないのなら生きる意味なんてないと、そう無邪気に信じきっていた5年前の僕が、いまを生きる僕の命を終わらせにやって来たのだ。

生きたい、と思った。
体が動かなくても、生きたい。
意思表示できなくても、生きたい。
生きている意味なんてなくても、生きたい、死にたくない、生きたい、死にたくない。
誰にもわからないだろうけれど、僕なりに生きる意味はあるんだ。

みんな、泣かないで。
泣きながら、僕を殺さないで。
音と匂いが遠ざかる。
僕の開かない瞼が、重くなっていく。

さようなら、僕の大切な人たち。
さようなら、僕の愛した世界。
さようなら、僕の動かない体。

どれもこれも、大好きだったよ。


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『安楽死を認めてほしい。寝たきりになってまで生きている意味はあるのか』

事故で植物人間になって意思表示ができない時のために安楽死カードを用意する。それはきっと一つの合理的な考え方だと思う。多くの人が自らの意思で署名もするだろう。しかし、実際にその状況になった時、自分がどう考えているかまでは分からない。

意識はあるのに体が動かず、意思表示もできないけれど、それでも「生きたい!」と思うことだってあるかもしれない。それなのに、周りがどんどん安楽死の準備を進めていく。元気だったころの自分の意思に従って。安楽死だから痛みも苦しみもないだろう、そう自分を慰めてみても、避けられない死はきっと恐怖だ。

実際に安楽死が認められても、実行の現場はこれほど雑でも安易でもないだろうけれど、テーマはそこじゃないのでお目こぼし。

これが、上記サイトへの、俺なりの答え。


<関連>
「質のわるい生」に代わるべきは、「質のよい生」であって、「美しい死」ではない。 『不動の身体と息する機械 ~筋萎縮性側索硬化症~』