2012年4月30日

実習にきていた女子学生の無神経さ

先日、実習に来ている女子学生の不用意な発言に関して書いた。

今回も、半ば愚痴である。

ある日の朝、医局の勉強会があり、発表者が俺だった。テーマは何にするか悩んだが、南三陸町での支援活動報告をメインにした。ついつい熱が入ってしまい、普通は15分程度で終わる発表が30分にも及んだ。発表で用いた資料に、南三陸町で撮った写真を使った。ピアノ、おもちゃ、ランドセルといった写真も織り交ぜた。そして、
「マスコミでは“瓦礫”という一言で、撤去とか除去とか言われています。今はゴミとして扱わなければいけないものも、もともとは誰かの大切なものだったはずで、そういうことを考えると、瓦礫という言葉を聞くと心苦しい感じがします」
といったことを話した。また、現地のテレビ番組の写真を見せて、
「こちらでは、すでにテロップは流れていませんが、被災地近辺ではまだ“入浴支援”などのテロップが流れています。テレビなどでは“復興の兆し”など良い言葉が出始めていますが、現実には、まだ電気も水道もない生活を余儀なくされている人たちがたくさんいます」
ということも話題にした。

そして、その翌日。ふと女子学生の机の上を見ると、俺の配った資料写真が置いてある。そして、そのプリントを、彼女は国試勉強のための雑用紙として使っていた。人の机の上のものを勝手に見るのは悪いとは思ったが、見過ごせなかった。

彼女は医学部6年生である。まだ学生の立場であり、実習先の医師は、たとえ母校が違っても、例外なく全員が先輩だ。その先輩が時間をかけて用意したプリントを雑用紙に使う、のは良いとしても、せめて俺の目には触れないくらいの配慮はあってしかるべきだ。なんといっても、彼女の席は俺のすぐ隣なのだから。

百歩譲って、彼女が言う「働かない精神科医」である俺が作ったプリントなんて、ぞんざいに扱っても構わないし、雑用紙として活用する方が資源節約で良いとして、南三陸町のランドセルやピアノなどの写真を、雑用紙として使うのはどうだろう。それは、あまりに無神経じゃないだろうか。その無神経さで、いつか彼女は損をするだろうが、そんなこと別にどうでも良い。しかし、その無神経さは、いつか患者をひどく傷つける。

俺から注意すべきか否か。無神経さは、注意されたくらいでは直らないだろう。口うるさい人だなぁで終わるのが目に見えている。大学の後輩でもなく、精神科志望でもなく、むしろ精神科医を蔑んでいる、そんな彼女と関わって神経すり減らすくらいなら、放っておくのが自分にとっては一番良い。そう考えて放置した。

明々後日に会える!

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わくらば追慕抄

わくらば追慕抄

安定して面白いんだけれど、伏線が多すぎて、これで続編が出なかったら肩すかし。短編の中に、心臓の悪い赤ちゃんのが出てくるのだが、娘が生まれてから、この手の赤ちゃんがらみの話には涙腺が弱くなった気がする。

2012年4月29日

二人の夕焼け

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「きれいな夕日ね」
女が言う。
「そうだね」
男は、夕焼けに見とれるような感性なんぞ持ち合わせてはいなかったが、隣りに立つ女のオレンジ色に染まる顔の美しさには胸が締めつけられた。
波が静かに音を立てる。
二人の手首を縛ったスカーフが、風に静かに揺れていた。

もうすぐ同居開始!!

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コロッケに似ている、と妻から来たメール。
いや、どう考えてもコロッケより可愛いからw

2012年4月28日

ツイート

このタグで、ブログ記事にするまでもないけれどツイッターでわりと評価の高かったツイートを載せてみる。ブログは見ているけれどツイッターはやっていないという人も意外に多そうなので。

意外に良いツイートしてるんです。 ←自画自賛

『28日後』 『28週後』

もう4回くらい観た。「続編は前作を超えられない」という法則(?)が微妙に当てはまる。『28週後』も決して悪くはないのだが、『28日後』のほうがまとまりが良かった。続編はやや冗長かなぁ。

それはそうと、これは厳密にはゾンビ映画ではないが、人から人へ、しかも攻撃(の結果の血液・体液)を介して感染することと、全体的に世界終末的な雰囲気を醸し出していることから、ゾンビ映画というカテゴリに入れることは決して間違いではないはず。

ゾンビ映画の難点は、死体が歩き回るという非現実さにある。このての映画の鉄則として、頭を破壊すればゾンビは死ぬというものがある。観ていていつも不思議なのだが、仮に脳から出る何らかの電気刺激で体が動くとして、心臓まで動いていたら、それは生きているということだから死体じゃない。では心臓は止まっているとして、ゾンビが発する声はどこから出ているんだろう。ゾンビは呼吸しているのだろうか? 呼吸は、体に必要な酸素を取り込み、不必要な二酸化炭素を排出するためにするわけで、ゾンビが酸素を必要とするというのは、どう考えてもおかしい。時どき、肺のないゾンビが声を出す映画がある(『バタリアン』など)。エンタテイメントとしてこだわらずに観ればいいようなものだが、細かいところが気になってしまう、そんな自分は悲しいゾンビファンなのである。

さて、この『28シリーズ』は、ウイルス感染による病気であり、感染者はあくまでも生きている人間で、燃やしたり体を銃で撃ったりすれば死ぬようだ。これだと、「死体が歩く」という非現実さを克服できる。しかも、感染者はしばらくすると餓死するというのだから救い(?)がある。

この映画、というか『28日後』のもっとも素晴らしい場面は、最初の方の、主人公ジムが目覚めてからしばらく街をさまようところだ。静かな音楽が、ゆっくりゆっくりとエレキギターの暴力的な感じに変わるのだが、そんな激しい音楽にも関わらず、街は沈黙し、ジムも困惑しながら歩くだけ。観ているこちらは、なんだなんだ、何か出るのか、と緊張してしまう。あのシーンは怖い。

怖いと言えば、ゾンビ映画(特にロメロ作)は、ゾンビ数体ならなんとか対応できるのに、数の暴力というか、圧倒的な戦力差で押し切られてしまうところに絶望を伴う恐怖を感じる。しかし、この映画の感染者は動きが活発過ぎて、タイマンでも勝てる気がしない。そういえばリメイク版の『ドーン・オブ・ザ・デッド』のゾンビも人間離れしていた。やっぱりゾンビ映画はノロノロタイプに追いつめられるパターンが一番だ。

子どもの頃、初めて観たゾンビ映画は『バタリアン』だったと思う。その次がロメロの『ゾンビ』で、こちらは非常に衝撃的だった。どうやったら、こういう事態の時に生き残れるかを考えるのが楽しかった。まず武器になるのはなんだろう、包丁かな、とか。近辺で逃げるなら、やっぱり学校が一番か、とか。そんな根暗な妄想をする少年時代を送ったことを、ゾンビ映画を観るたびに思い出す。

話のまとまりがなくなってしまったが、最近、こんな本を見つけた。

ゾンビ解体新書―ゾンビハザード究極マニュアル

同じようなこと考える人たちがいたんだなぁと思って、ちょっと親近感もった。

2012年4月27日

爆笑ネタ

今日は良いネタに出会えた一日だった。
とにかくもう、最高に笑えたので、ぜひここで紹介したい。

アンパンマンの記憶
絵とコマ割りが天才的だと思う。プロ?




次は動画。
よくまぁ、こんなの思いついたなw

金色の獣、彼方に向かう

金色の獣、彼方に向かう
恒川光太郎の短編集。今回、第25回山本周五郎賞の候補になっているようだ。
山本周五郎賞候補になった

でも多分、ちょっと厳しいかな……。恒川はデビュー作『夜市』で日本ホラー小説大賞を獲ってから、これまで第134回直木賞、第20回と第22回の山本周五郎賞、第29回吉川英治文学新人賞の候補に挙がりつつ、最終的にはいずれも賞を獲れていない。

まして本作は、これまでの作品と比べるとパワーダウン、ちょっと見劣りするレベル。決して面白くないわけではないのだが……。

それから、手元にあるのは初版なのだが、誤植が多すぎる。一作目の『異神千夜』において、「鈴華」(リンホア)という女性が出てくるのだが、これが何度も何度も「鈴鹿」と表記されているのだ。これにはちょっとガッカリ。人名にはこだわろうよ、校正さん。

2012年4月26日

「左利きには天才が多いって本当?」 本当だった時代はあったかもしれない。

今でも左利きを矯正させる人がどれくらいいるか分からないけれど、少なくとも、ちょっと前までは矯正されることが多かった。何はともあれ、箸だけは右手で持ちなさい、とか。

そんな時代に矯正されずに大人になった人というのは、のびのび育てられたか、あるいは矯正に従わない意志の強さや頑固さがあったか。どちらにしても、大人になってから独自性を発揮する可能性は高い。

だから、矯正が一般的だったころに子ども時代を過ごした人で考えれば、左利きの人のほうが「天才」「天才的」と言われることは多かったかもしれない。矯正が少なくなった現在では、上記のようなことはなくなっただろうし、純粋に右利きと左利きと比較したら、あんまり大差ないんじゃないかと思う。

また、今は右利きだけど子ども時代にサクッと矯正に適応したという左利きの人は、それはそれで素晴らしい能力だと思うし、より社会順応性が高いのではないだろうか。

野球選手のプロフィールに「右投げ右打ち」などと表記されるように、人には必ず利き手というものがある。一般的には右利きが多数派とされるだけに、左で文字を書いたり箸を持ったりする人がいると、妙に目に留まるものである。

かくいう筆者は純然たる右利き。巷でよくいわれる「左利きには天才が多い」という説を耳にするたびに、少々残念な思いがしてならないのだが…。これは本当なのだろうか? 池袋スカイクリニックの須田隆興先生に聞いてみた。

「生物学的な根拠を求めるのは難しいかもしれませんが、これはあり得ると私は思いますよ。いわゆる天才とはちょっと異なるかもしれませんが、左利きの人が後天的に才能を鍛えられる要素はあるのではないでしょうか。世の中にある道具の大半は右利きの人向けに作られているため、左利きの人は必然的にトレーニングの頻度が多くなるからです」

確かに、駅の自動改札は右手に切符を持つことを前提とした作りになっているし、ハサミだって右手で使う構造の物が主流だ。多くの道具が右利き用に作られているといっても過言ではないだろう。

なお、「利き手」を医学的にひもとくと、「右利きの人は言語機能の優位半球が左脳にあり、左利きの人は右脳にある、というのが定説」と須田先生は解説する。つまり、利き手によって脳の使い方が変わるともいえそうだ。左利きに天才が多いといわれる理由のヒントも、この点にある。

「そもそも指先というのは、運動機能の面でも神経学の観点でも、緻密極まりないものです。そのため、手を使うという行為自体、良い意味で脳に大きな負荷を強いています。たとえば左利きの人が右利き用の道具を使う際には、“どう対応すべきか”という思考や検証が発生します。つまり、先天的に左利きの人は、幼い頃から自然に脳がトレーニングされてきたと考えられるでしょう」

幼少期から鍛錬された脳が、常人とは違ったポテンシャルを発揮する…というのはいかにもありそう。そういえばあるスポーツ選手が、脳を鍛えるために利き手ではない方の手で携帯メールを打つ鍛錬をしていたという、有名なエピソードもある。

日常生活であまり利き手ばかりに頼りすぎず、脳トレを意識してみるのもいいかもしれない。
(友清 哲)
(R25編集部)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120110-00000000-rnijugo-ent

2012年4月25日

「医者らしくない」とは?

平成23年4月末に、南三陸町へ医療派遣された時のこと。最終日の業務を終えて、岩手県でチームメンバーと飲んでいると、
「いちは先生は医者らしくない」
という話になった。良い意味なのか、それとも……、と思っていると、
「もちろん、良い意味で」
と言われホッとした。そこで、どういうところが医者らしくないのか聞いてみた。

派遣先での診察の時、
「うーん、なんだろ、分かんないなぁ」
と言いながら、患者の目の前で本を調べる。それで患者が不安になるかというとそうでもなく、こちらがニコニコしながら「分からない」とあっさり言うものだから、言われた方も「案外たいした病気じゃないのかな」という気になるらしい。それから、例えば小児の診察の時には、救急外来もこなしている看護師に、
「普段、この薬って子どもにはこれくらいの量で出すものですか?」
と聞いたり、腰や肩が痛いという高齢の患者には、
「今日は理学療法士の先生が来てるので、僕よりその先生のほうが分かるかな」
と言って大まかな診察や治療方針を理学療法士に任せたりした。分からない部分で見栄を張ったり背伸びをしたりせず、患者にも、周りのスタッフにも「分からない」と明言してしまうところが、(少なくとも彼らが知っている)医者のイメージとは違うらしい。
「だって分からないものは分からないですもん」
と苦笑いすると、
「そう言いきってしまうところが良いんですよ」
褒められているはずなのだが、それが良いのかどうか複雑な気持ちにはなった。

医局内で、俺が他科の先生と話す時には皆さん良い人そうに感じるのだが、他職種の人には結構みんな冷ややかだったり厳しかったりするみたいで、親しみやすさという点では非常に好印象を持ってもらったようだ。手前味噌になってしまうが、確かに親しみやすさにはそこそこ自信がある。とはいえ、医療派遣ではチームメンバーが非常に良かったというのもある。メンバー皆に助けられた感は大きい。

春が来た!!

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春と言えばタンポポ。



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天切り松 闇がたり 4 昭和侠盗伝

天切り松 闇がたり 4 昭和侠盗伝
前3作と衰えることなく面白かったのだが、刑法39条に触れたあたりの記述にはちょっと納得のいかない部分があった。まぁそんなところを突っ込んだって仕方がないか。
全4巻、いずれも面白かったのでお勧め。

2012年4月24日

サクラ写真

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妻から「やっと寝ついた!」とメール。



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そのすぐ後に来た写真w



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この手の形はッ!!
パンクだ~w

2012年4月23日

放送禁止歌

きっかけはこの歌だった。

『手紙』 岡林信康

差別を受けた女性の悲しみを歌ったもの。この女性は岡林に手紙を出したあと、自殺したらしい。この歌は放送禁止歌らしい。臭いものにふたをして無かったことにする日本文化がよく表れていると思う。
『手紙』 岡林信康 1969年

私の好きな みつるさんは
おじいさんから お店をもらい
二人いっしょに 暮らすんだと
うれしそうに 話してたけど
私といっしょに なるのだったら
お店をゆずらないと 言われたの
お店をゆずらないと 言われたの

私は彼の 幸せのため
身を引こうと 思ってます
二人はいっしょに なれないのなら
死のうとまで 彼は言った
だからすべて 彼にあげたこと
くやんではいない 別れても
くやんではいない 別れても

もしも差別が無かったら 
好きな人とお店が持てた
ブラクに生まれたそのことの  
何処が悪い何が違 う
くらい手紙になりました 
だけど私は書きたかった
だけども私は書きたかった
放送禁止歌

さて、この歌、結論から言えば実は放送禁止ではない。ではなぜ、この歌が放送禁止歌と言われるのか。また、その他の放送禁止歌はなぜ禁止されているのか。誰がどうやって禁止しているのか。

まず、そもそも「放送禁止歌」という規制は存在しないのだ。テレビ局のスタッフでさえ、放送禁止歌というのが存在していて、民放連(日本民間放送連盟)から厳しく規制を受けていると思い込んでいる。そして、なぜ規制されているのかといった理由などは考えようともしない。それが筆者・森達也の危ぶむ「マスコミの思考停止状態」だ。

いわゆる放送禁止歌は、正式には「要注意歌謡曲」という。これは民放連が1959年に発足させた「要注意歌謡曲指定制度」というシステムに由来するのだが、この趣旨はあくまでもガイドラインに過ぎない。それぞれの放送局が放送するかしないかを判断する性質のもので、決して放送禁止と規制されているわけではない。そして何より、このガイドライン自体1983年度以降は刷新されておらず、効力は1988年に切れている。つまり、「放送禁止歌」というものは存在しないということだ。

差別用語、放送禁止用語についても触れられているが、これはまた別の本を読む予定なので、今回は本書の中で興味深かった部分を引用する。
某局のバラエティ番組で、スイカ割りをタレントたちにやらせる企画が、収録直前にプロデューサーの一喝で中止になった。その理由をプロデューサーはこう説明した。
「考えてもみろ。目の見えない人たちを傷つけるだろう」
バカバカしいと思う、けれどこれが皆の好きなテレビを創る業界なのだ。俺は最近はテレビを観るということをほぼ完全に放棄しているけれど。

大好きだった「8時だよ!全員集合」に小人レスラーが登場したことがあったらしい。
その頃、試合数を減らされる傾向にあった彼らにしてみれば、プロレス以外に名をあげる大きなチャンスと張り切ったのだが、1クールの約束は、ほんの数週間で打ち切られた。視聴者からの電話が理由だった。「どうしてあんなかわいそうな人たちをテレビに出すのか」と、電話をかけてきた何人かの主婦たちは、口をそろえて抗議をしたという。
これを読んで、バカな主婦たちめ、と思うだろうか。しかし、今でも「24時間テレビ」で障害者を登場させることに対して、「障害者を食いものにしている」といった揶揄がネット上に飛び交う。この主婦らと同じく、誰も彼らの気持ちなんて分からないはずなのに。

一瞬なんのことだか分からない逸話もあった。
某テレビ局のバラエティ番組で、フロアディレクターがカメラの横でキュー出しをする動作が放送された。5、4、3、と数えながら指を順番に折っていくそのディレクターの指先に、4の瞬間、突然モザイクがかけられたという。
分かるだろうか? 親指を折って4本指が表すのが部落差別にあたるのだとか。しかし、数字を数える4をそのように解釈して抗議するバカがどこにいるのだ。

昭和30年代、川を隔てた場所にあった被差別部落では、その川の堤防の部落側が一段低くなっていた。要するに、増水したときには溢れた水はすべて部落内に流れ込むように造られていたのだ。そんな差別は未だに残っているらしい。これは今まで部落差別をあまり感じてこなかった俺は知らなったのだが、企業によって身元調査がなされたり、部落地名総鑑というものがあったりするそうだ。そして就職差別、結婚差別もあり、最近ではインターネットを使った差別的書き込みもあるとのこと。本書の初版が2000年なのだが、この時点で同和対策事業未実施の部落が、全国に1000ヶ所も残存しているらしい。

mixiの日記やコメントで見かけた「下女や外人は差別用語だから使ってはいけない」という指摘に、俺は多大な違和感があったのだが、この本の中でなぎら健壱はこう言う。
「……、結局、言葉に罪はないんだよね。使う人の意識の問題なんですよ」
また、部落解放同盟の役員も同様のことを言う。
「大切なことは一つ一つの言葉に条件反射で反応することではなく、その文脈を正しく捉えることです」
ちなみに、上記の「下女」は、ある人の日記で「解錠」をゲジョウと読んだ人がいるという話題の流れでぽっと出ただけ。また「外人」は、日本での外国人看護師採用の話題についての日記で、「外人なんぞに何が分かる」といった書かれ方をされていた。それぞれ「差別用語なので使わないほうが良い」という指摘が入ったのだが、前者の文脈に差別的な意味合いなど一切ないし、後者はむしろ言葉そのものよりも文脈にこそ問題がある。共通点は、「差別用語」という言葉だけが独り歩きをしたせいで、本質からズレまくって条件反射的な反応になってしまっているところだ。

本書は中身が濃くてお勧めである。差別問題に関してはとりあえずあと2冊読む予定。

久しぶり太郎

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2012年4月22日

ここ最近のサクラ

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あと10日したら再会、そして同居開始!!

天切り松 闇がたり3 初湯千両

天切り松 闇がたり3 初湯千両

面白かった。この小説の登場人物は、鳥打帽とかボルサリーノとかインバネスコートとかを身に着けているのだが、それがどんなものか分からないまま、だいたいの想像で読んでいたが、やはりそれだと雰囲気が掴めないのでググってみた。

鳥打帽は、いわゆるハンチングのことみたいだ。どうでも良いが、ハンチングの似合う中高年に憧れる。俺は頭がデカいからかあまり帽子が似合わないので、人生の小目標の一つとしてハンチングを被りこなすしたい。

ボルサリーノは、いわゆるハットのようだ。ブランドの名前でもあるらしい。これもカッコいい。今のところデニムのハットを持っているが、ちょっと若い感じで、果たして何歳まで許されるのか……。

インバネスコートは、シャーロック・ホームズが着そうなコート。これはさすがに着こなせない。着てみたいとも思わない……。

まったく内容に触れなかったが、このシリーズは面白いのでぜひご一読を。

2012年4月21日

じいちゃんの墓参り

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前回の帰省では従弟と、今回は母と甥と一緒に墓参り。



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じいちゃんの墓の前に立つと見える景色。

2012年4月20日

太郎、なぜかこんなことに……

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2012年4月19日

朝から太郎が……

先日、朝から太郎がうるさかった。起きて行ってみると……

グロい画像がありますので、苦手な人はここでストップ!!



2012年4月18日

俺は普通の精神科医、そしてなにより一般人だ

精神科医と名乗ってブログを書いたり、ツイッターやmixiをやったりしていると、その肩書きに釣られてくるのか、あるいは俺の書き込み内容に魅かれてくるのか、やたらと理想化した精神科医像、または俺の人物像を胸に抱いて接近してくる人がいる。

俺のブログで長い付き合いの方ならご存知と思うが、俺は結構いい加減だ。自分の理想の精神科医像は持ってはいるが、自分が理想的だなんて思っていない。良心の塊りのような人間でもないし、ごくごく普通の感覚をもったネット・ジャンキーだし、ちょっと変態でもある。

しかし、幻想を抱いて近づいてくる人たちは、俺の素っ気ない態度や彼らの意にそぐわない意見に過敏に反応して、今度は一転して俺を蔑み攻撃してくる。現象だけ見れば、いわゆる「理想化とこき下ろし」であり、境界型人格障害の特徴でもある。

俺は個人的に楽しむためにネットをやっている。同時に、精神科疾患に対する誤解が減ることに少しでも貢献できれば良いなとは思っている。だが、それ以上でもそれ以下でもない。だから、無視もするし、拒絶もする。ネットなんだもの、そういうものさ。

サクラ、生誕50日!!

どうやら、4月16日が生誕50日だったみたい。そんなお祝いをするなんて聞いたことがなくて、俺の周囲の人も「え!?」と驚いていたが、たぶん妻の実家方面だけのことかもしれない。もしかしたら、妻の実家だけかも!?

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笑っているのかな、一応。



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これは昼間に送ってもらった写真かな。

初ものがたり

初ものがたり
久しぶりの宮部みゆき。面白かったんだけれども、続編がありそうなのに、現時点では発表されていない。どうやら連載していた雑誌が廃刊になったのが原因のようで、初版から10年以上が経過しても発売されないのだから、これはもう終わりってことだろう。魅力的なキャラがたくさん出てきただけに残念。

2012年4月17日

ナスビを描いた男の話

中学校時代、年老いた美術教師がいた。常勤の美術教師が研修に行っている間の代打だったので、もしかすると定年後の臨時採用だったのかもしれない。

その先生は生徒からあまり好かれてはいなかった。優しい先生だったけれど、お節介な部分があって、今の言葉でいうなら「ウザい」という感じかもしれない。先生は、生徒たちのその空気を察していたのだろうか。中学生の俺には、その先生の気持ちは分からなかったし、今でもやぱり分からない。

クラスの中でも、その先生を毛嫌いしているのがユキオだった。ユキオは先生がいる場所の近くで、わざと先生に聞こえるように、
「口くせぇ」
「口臭きつい」
「息がくさい」
と言うような男だった。それでも、先生は一度も怒らなかった。

そんなある日。
美術の授業で、果物のスケッチがあった。かごに入った果物の模型を鉛筆でスケッチするように言われた。そして、ひねくれ者のユキオは果物ではなくナスビを描いた。かご一杯に盛られたナスビ。ナスビなんて、当然かごには入っていない。

完成したその絵を先生に見せながら、ユキオは勝ち誇ったようにニヤニヤしていた。先生は絵を見ながら、眉間にシワを寄せて唸った。そして、顔を上げてこう言った。

「素晴らしい」

ユキオのニヤけた顔が固まった。状況を見ていた周りの空気も固まった。先生は続けた。

「目の前にはないナスビを、こんなに上手に描けるのは凄い。日ごろから、ユキオ君がいかに身の回りのものを観察しているか、それがよく分かるスケッチですよ、これは。果物を見て、野菜を描く、その独創性も素晴らしい。こんな素晴らしいスケッチには久しぶりに出会いました」

先生は根っからの美術好きだったのかもしれない。今思い返すと、先生の発言からそんな気がする。そしてそれ以来、ユキオは先生の悪口を言わなくなった。

わくらば日記

わくらば日記
俺は基本的に「ですます調」の小説が嫌い。そして、この小説は「ですます調」だから好きじゃないのだが、中身はなかなか面白くて、だからつい続編も買ってしまった。
そういう本なので、けっこうお勧め。

2012年4月16日

裁判長! ここは懲役4年でどうすか


裁判長! ここは懲役4年でどうすか (文春文庫)

おもしろかった!!

『裏モノJAPAN』という雑誌に連載されたものを加筆修正して文庫化。第1幕は、なんとなく面白さも鈍かったのだが、以後はどんどん引き込まれる。殺人やレイプの裁判に対する感想などが、パッと見では野次馬的に感じられて、不愉快に思う人もいるだろうと予想されるが、いやはや、そんなんじゃないね、これは。精神科では、病院に来るまでもなさそうな人から、こちらで縄かけてでも連れて来たくなる人まで、いろいろな人がいて、それぞれにいろいろな事情があって、診察室に遊びに来る人はほとんどいない(たまに、そういう人もいるけれど……)。それと同じような雰囲気を、この本に描かれる裁判所から感じた。読者が手軽に面白く読めるように書いてあるからといって、作者もお手軽な気持ちで書いているというわけではなかろう。

いろいろな裁判の被告や証人、原告、裁判官や検察、弁護士に対するツッコミも面白い。読んでいて、思わず吹きだすことも何度となくあった。そして、同時に、自分は原告にも被告にも、加害者にも被害者にもなりたくないなぁ、なんて、そんなことを思わせる人生ドラマ(北尾氏の空想も入る)が描かれている。これは良い一冊。

差別用語って何だ!?

「外人」という言葉に反応して「差別用語だ」と言っている人がいた。俺の中で「外人」が差別用語だという意識はなかったが、はたして本当に差別用語なのだろうか。

Wikipedia:外人
日本語が堪能な者のなかには自分を指して「外人」という表現を使う者もいて、単に非日本人を指す言葉であり、一般人の会話における「外人」が差別用語ではないと認識している。しかし一部の欧米人の間では外人は英語のJapと同種のものであると主張するなど、あきらかに日本語に対する理解の不足からくる誤った主張をする者がいる。これとあいまって外人を差別用語とするのは欧米人の身勝手な主張であるという認識も存在する。「外人」は語義・成り立ちの上で明らかに差別用語でないので、これを差別用語とするのは言葉狩りであると主張される。これは欧米とくに英語圏での生活を経験し語学が堪能で欧米の言語においても「外国人」という単語が日本語と同じ用法で使われていることを知っている者のあいだでとくに指摘される。
「外人」は 差別用語ではない、というのが俺の認識だ。

そもそも差別用語って何だ?
これは昔から考えていて、未だによく分からない。「えた」「ひにん」という言葉を使っていたら差別用語だと注意されたことがある。俺はこの言葉でいったい誰を差別しているというのだろう。先祖が「えた」「ひにん」であるという人が不快に思うのだろうか。

「下女」という言葉も差別用語らしい。これもよく分からない。「下男」はどうやらオッケーらしい。ますます分からない。「下女」と言われて不快になる人がいるから? でも、今どき「下女」っているのかな。その言葉を使われて不快になる人はいるのかな。

百歩譲って、不快に思う人がいるとしよう。では、そういう言葉を差別用語だと指弾する人たちに逆に聞きたい。「ハゲ」とか「チビ」とかは差別用語になりませんか。というか、むしろ、これらの言葉のほうが断然相手を傷つけるんじゃないかと思うが、あまり取りざたされない。

差別用語に目くじら立てる人たちって、どこかズレている。

2012年4月15日

4月14日のサクラ

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ブックオフ副店長だった頃のクソガキ退治

埼玉の所沢店で働いていた。

当時、平日であるにもかかわらず、店に遊びに来る中学生軍団がいた。連中はマナーも最悪で、店の中に自転車で入ろうとしたこともあった。当然、追い返したが。

こんなこともあった。バッグ一杯に詰まった本を売りに来たクソガキ。その本の査定を済ませて、呼びに行った。レジにやって来たそいつがバッグを下ろした時、「ドン」と、空っぽのはずのバッグがすでに重そうになっていた。

なめとんか。

そんな奴らは、どこで仕入れてくるのか、連日のように真新しい本やビデオを売りに来ていた。一番驚いたのは、SPEEDの写真集が発売されたその日に、グループの各人が数冊ずつ写真集を売りに来たことだった。クソガキどもは明らかに、どこかで万引きしたものを売りに来ていたのだ。しかし、証拠がない。他店の損失などどうでも良いが、こんなバカなガキどもを放っておくのが悔しい。

そこで、店長には内緒で、ちょっとした独断作戦に出た。

ある平日、学校が休みなのか、それとも休んだのか、バカガキの一人が大量のビデオ(恐らく盗品だろう)を売りに来た。そいつは、ニヤニヤしながら、「オヤジのビデオで、いらないらしいから」と言っていた。クソガキ、笑っていられるのも今のうちだ。買い取り表に名前や連絡先を書かせた。そして「少々お待ちください」といつものように立ち去らせた後、俺はそこに書かれた番号に電話した。

電話には母親らしき女性が出た。俺は、もの凄く善人ぶった声で、
「○○さんがもの凄く大量のビデオを売りに来られたんですが、未成年の方には保護者に連絡を取ることにしていまして(大嘘)」
そう言うと、母親は「え?」と言ったまま絶句した。俺は、あくまでも善人声で続ける。
「あれ? あ……、お父様のビデオを売りに来られたっていうことだったんですが……」
母親は無言のままだ。俺は笑いを噛み殺しながら言った。
「あの……、もしかして……、ご存じじゃないんですか……?」
母親は、
「今から、そちらに行きます」
とだけ言って電話を切った。

俺はもう、どうしようもないくらいに笑いたかったけれど、神妙な顔をしてクソガキの所へ行き、
「すいませーん、ちょっと良いですかぁ」
これまた善人口調。
「あのぅ、今、お母さんに連絡を取ったんですよね。あ、別に疑ったとかじゃなくてね。未成年の場合には、そういう風に確認を取ることに決まったんですよ(大嘘)。そしたら、お母さん、なんていうか……、その……、今からこっちに来るって!!」
あの時の、クソガキ、いや、少年の青ざめた顔。

その後、奴らはめっきり店に来なくなった。10年以上たった今ごろ、大したことのない人間になっているんだと思う。あぁ、頭悪いのに俺俺サギとかやっていそうだな。

2012年4月14日

獄窓記

元衆議院議員・山本譲司は、公設秘書の名義貸しなどで起訴されて実刑判決を受けて服役した。そこで体験したり考えたりしたことをもとに書かれた『累犯障害者』(ブログ内レビュー)が、非常に読みごたえのあるインパクト充分な内容だったので、今回あらためて彼の本を読むことにした。

本書は『累犯障害者』よりは前に書かれた彼の物書きデビュー作。まだ慣れていないせいか、句読点の打ち方などから文章のぎこちなさが感じられた。また、やたら小難しい言葉を使いたがるのは、デビュー作という気負いからだろうか。
獄窓記
前半部分では彼が刑務所に入ることになるまでが語られる。この部分はあまり要らないと感じた。書かれたことを真に受けるなら潔い男に感じられるが、こういうことは後からなら何とでも言えるのだ。しかし、中盤以降、彼が目にした刑務所内での光景は、これまであまり語られてこなかったことなだけに必読に値する。
味噌汁とみかんと麦飯とを混ぜ合わせて、それにソースをたんまりと掛けて、口に運んでいる者、おかずを胸ポケットに詰め込んでいる者、飯粒をテーブルに並べて、その数を必死になって数えているものなど、常軌を逸した行動をとる同囚が数多くいた。
彼が配属されたのは、知的障害、身体障害、聾唖、認知症といった囚人たちが作業をする工場だったのだ。そこでは、紐の結び目をほどく作業と、ごちゃ混ぜになった6色のロウソクの破片を色ごとに仕分けする作業がある。筆者はそれを見て、紐は紙袋に使われるのだろうし、ロウソクは溶かして固めて再利用するのだろうと思うのだが……。
「ほどかれた紐は、この部屋に持ってきて、こうやって、私たち指導補助が結び直すんです。そしたら、それをまた、彼らの作業に回します。その繰り返しです。紐を渡す人によって、結び方を強くしたり、弱くしたりします。ロウソクにしても同じです。彼らが色分けしたものは、まったく使いものにならないんです。赤の中に白が混じったりしていて、まあ、いい加減なもんです。結局、色分けしてもらったロウソクは、また自分らがごちゃごちゃにかきまぜて、それを次の日の作業に回すんです。言ってみりゃー、彼らに、時間つぶしをさせてあげてるようなもんです」

ところで、刑務所での作業ではどれくらいの賃金が出るのだろうか。
私の最初の作業賞与金は、500円ちょうどだった。これは、時給ではない。一ヶ月分の給料だ。週休2日、1日8時間労働ということからすれば、時給は3円弱ということになる。
非常に 安いとは思うが、これは徐々に増える仕組みになっている。
毎月10%から20%の割合でベースアップしていくのだそうだ。それが2年間続いた後、頭打ちになるらしい。収容者全体の平均月収は、3千円くらいだという。
これでは 、たとえば2年間服役したとしても、出所時に渡される総額は7万円程度にしかならない。自宅も身内もない人間だと、1週間ほどで使い切ってしまう。すぐに刑務所に逆戻りという出所者があとを絶たない原因は、作業賞与金お安さにもよるのではないかと思う。
山本はこう考えるが、しかしジレンマも感じている。
ただ賞与金を高くすればいいというような単純な話ではないだろう。刑務所の中で、それなりの給料をもらえるということになれば、金を稼ぐため、わざわざ刑務所に入ってくる者も出てくるのではないか。これでは、本末転倒である。
ドイツの例を挙げてあり、なかなか興味深かった。
ドイツでは、刑務所を出所した者に対して、しばらくの間、受刑前に得ていた賃金の65%の額が失業保険として支払われるそうだ。それは再犯を防ぐうえでかなり有効な手立てとなっているらしい。再犯者が減った結果、刑務所の運用コストも大幅に削減することができたという。 
しかしこれは、日本の「犯罪者憎し」という空気のもとではなかなか実現しにくい方策だろうなと思う。

山本と障害者のやり取りには考えさせられる。
「山本さん、俺ね、いつも考えるんだけど、俺たち障害者は、生まれながらに罰を受けてるようなもんだってね。だから、罰を受ける場所は、どこだっていいのさ。また刑務所の中で過ごしたっていいんだ」
「馬鹿なこと言うなよ。ここには、自由がないじゃないか」
「確かに、自由はない。でも、不自由もないよ。俺さ、これまでの人生の中で、刑務所が一番暮らしやすかったと思ってるんだ。誕生会やクリスマス会もあるし、バレンタインデーにはチョコレートももらえる。それに、黙ってたって、山本さんみたいな人たちが面倒をみてくれるしね。着替えも手伝ってくれるし、入浴の時は体を洗ってくれて、タオルも絞ってくれる。こんな恵まれた生活は、生まれて以来、初めてだよ。ここは、俺たち障害者、いや、障害者だけじゃなくて、恵まれない人生を送ってきた人間にとっちゃー天国そのものだよ」
「うーん」
自由はない、けれど不自由もない。なんだかブルーハーツの歌みたいだ。

また、山本の同囚には殺人犯もいる。
Hの息子は30歳を過ぎても定職に就かず、毎日、酒を飲んでは家の中で暴れまわっていたらしい。特に母親に対する暴力は目に余るものがあったという。
「このままだと、女房が殺されると思いました。木刀を取り出すと、あとは何かに憑りつかれたように体が動いていました。息子の頭から血が噴き出すのをみて、やっと意識が覚めたんです。取り返しがつかないことをやってしまいました」
Hの舎房からは、毎晩お経を唱える声が聞こえてくる。
こういう殺人犯がいる一方で、以下のような者もいる。
Kという知的障害者は母親を殺害していた。彼は私より3歳年上だったが、知能は小学校低学年ほどのレベルしかなかった。
「あのね、僕がね、おうちの中でサッカーごっこしてる時、お母さんがね、お部屋で横になってたの。お母さんが僕に、うるさいって言ったんで、お母さんの頭を蹴っちゃったんだ。そしたら、お母さん、死んじゃった。僕、びっくりしちゃったよ」
Kは懲役3年の刑を受けていたが、もうすぐ満期を迎えるらしい。
「僕、ここから出ても、山本さんとお友だちでいたいなー」
「Kさんは、友だちはいないの」
「うん、いないよ。お母さんに、恥ずかしいから外に出るなって言われてたから。僕、話をするのはお母さんだけだったよ」
いずれも、どこかで何か小さな援助があるだけで 痛ましい事件にまでは至らなかったんじゃないだろうか、と思ってしまう。

辻元清美に関する記述も結構ふんだんにあって、元から彼女のことは好きじゃなかったのだが、この本を読んでますます嫌いになった。とはいえ、本書のテーマからするとそれは枝葉かな。

最後に、受刑者が詠んだ短歌が紹介されていて、その中でもダントツに母を想うものが多く、そしてそれが目頭熱くなるようなものだったので紹介する。
面会時 老いたる母の 頬つたい 流れる涙 拭いてもやれず
難聴の 母には遠し 面会の 厚きガラスに 言葉届かず
ハハキトク たった五文字の 電報を 何度も眺める われは無期囚
面会に また行きますよ ガンバレの 文を最後に 母は逝きたり
次の世が あると言うなら 母よ母 ふたたびわれを 身ごもりたまえ

サクラ

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2012年4月13日

かぁちゃんと神様と真夏の温泉

高校には行かない、と恭一が母親に告げると、
「かぁちゃん、天国のとうちゃんに叱られちまうよ」
母親はそう言って、ため息をついた。早く働いて金を稼いで、それで母親に楽をさせてやろう、などと殊勝なことを考えたわけではない。恭一は単純に、もうこれ以上、勉強することが嫌だったのだ。

小学校に入学して足し算引き算までは良かったが、掛け算になると九九の暗記が苦手で、割り算では頭が混乱し、分数になると意味不明、中学に入って算数が数学になると、今度は式の中にローマ字が入ってきて、英語まで一緒にやらされているような気がした。作文もダメ、理科も社会も覚える気になれず、体育はまぁまぁ、図工はそこそこ器用にこなせて、道徳の時間に時どき聞かされる話にこっそり涙ぐみながらも、俺には関係ないなどと強がってみせる、そんな学校生活だった。放課後には、恭一と同じようなデキの悪い友人たちとつるんで、時には他校の生徒とケンカもした。母親は、恭一の生活態度にあまり口出しはしなかったが、一度、相手に大怪我をさせた時、母親は大声で怒り、恭一は初めてビンタを張られた。
「なにすんだ、クソババァ」
思わずそう叫んで、ちょっとだけ後悔して、しかしそれ以後、恭一は母親のことを「クソババァ」と呼ぶようになってしまった。

働き始めた当初は、十分に一回くらいのペースで、
「やってらんねぇ」
と言っていた。作業がきつかったわけではないし、職場の仲間ともうまくやれていた。ただただ、なんとなく「やってらんねぇ」という言葉が口から出てくるのだった。「やってらんねぇ」と言わなくなったのは、職場の先輩であるコウヘイの一言がきっかけだった。コウヘイは、恭一より五つ年上だった。兄のいない恭一にとって、仕事を手取り足取り教えてくれるコウヘイは、もし兄がいるとしたら、こんな人が良いなと思えるような先輩であり、恭一は「コウさん」と呼んで慕った。ある日、「やってらんねぇ」とぼやいた恭一に、コウヘイは、
「まぁ、そのわりに、お前しっかりやってるよ」
と言って笑った。小学校時代からあまり褒められたことがなかった恭一にとって、コウヘイからそう言われたことはすごく嬉しかった。恭一は、
「うす」
とだけ答えて、それ以来、「やってらんねぇ」とは言わなくなった。怒られたり褒められたりしながら一生懸命に働いて、初めての給料をもらった日。恭一が小学校三年生の時から、ずっと一人で育ててくれた母親の苦労が、なんとなくでしかないけれど、少しだけ分かったような気がした。

働き始めて五ヶ月目になる八月。恭一の通帳には五万円が貯まっていた。恩返しとか親孝行とか、そこまでの気持ちではなかったが、恭一は母親を温泉旅行に連れて行くことに決めていた。旅行代理店を何軒かまわって、土日に二人で一泊二日、交通費込みで四万二千円というプランを予約した。宿は古そうだったが、夕食に母親の好きな刺身が出るのが決め手になった。温泉旅行の件をコウヘイに話すと、
「八月に温泉はねぇだろよ」
と言われ、恭一はそういうものかとちょっと恥ずかしく思ったが、今さら旅行代理店に金を返せとも言えないので、
「うちのクソババァ、すんげぇ温泉好きなんすよ」
と言って誤魔化した。
「でも絶対、おふくろさん、喜ぶよ」
コウヘイは恭一の肩を叩きながらそう言った。残高が八千円に減った通帳を眺めるのは、不思議と五万円入っていた時よりも心が浮いた。母親と一緒の部屋で布団を並べて眠るのかと思うと、みぞおちのあたりがモゾモゾと、恥ずかしいような、落ち着かないような、そんな気持ちになった。刺身を前にして満面の笑顔で喜ぶ母親を想像しては、
「なんでもねぇよ、これくらい」
そう言ってすまし顔をする自分をイメージしながら眠りについた。

「クソババァ、明日っからの土日、あけとけよ」
金曜日の出勤前、母親の弁当を受け取りながらそう言うと、
「はいはい、ったく、口の悪さはとうちゃんゆずりだね」
そう言いながら母親は頷いた。その日は、今年一番の暑さだった。湿度が高く、雲ひとつなく、風も吹かず、蝉が鳴きじゃくり、道路には蜃気楼が見えた。そんな炎天下の午後二時五分。恭一の頭の上に鉄骨が落ちてきた。痛みはなかった。小学校や中学校の時みたいに、誰かがふざけて飛び掛ってきた、そんな感覚だった。気づくと、目の前にアスファルトがあって、アスファルトは思っていたほど熱くはなかった。ただ少しべたつく気がした。目を上に向けると、コウヘイが何か叫びながら走ってくるのが見えた。コウヘイは、怒っているような、泣いているような、変な顔をして、一人じゃ持ち上がるはずのない鉄骨を必死に動かそうとしていた。その姿がおかしくて、恭一は笑ったつもりだったが、咳しか出なかった。ようやく、自分が鉄骨の下敷きになったのだと気づいたが、痛みがなくて、だからまったく実感がわかなかった。
今日はもう、仕事にならないな。
怪我したの見たら、クソババァ驚くかな。
今日の弁当の玉子焼き、ちょっと塩辛かったな。
ウインナー二個じゃなくて、三個にしろっていつも言ってんのに。
帰ったらまた文句言っちまうな。
温泉は、キャンセルして仕切り直しだ。
そんなことを考えながらも、恭一はもう母親には会えない気がした。会えない寂しさよりも、母親を一人にすることが辛かった。また一人、家族を失って泣く母親の姿を思い浮かべ、恭一はつぶやいた。
「かぁちゃん、ごめん」

恭一は自分の涙で目が覚めた。見慣れた部屋の、万年床の上。全てが夢だったことに気づき、夢で泣いたことが恥ずかしくなった。洗面所へ行って顔を念入りに洗ったが、相当に泣いたのか、目は赤いままだった。出勤前、いつものように母親から弁当を受け取る時、
「クソバ……、いや……、かぁちゃん、土日あけといてくれよ」
恭一がそう言うと、母親は、
「なんだい気持ち悪いねぇ」
そう言いながら、少し嬉しそうな顔をしていた。迎えのバンに乗ってコウヘイたちに挨拶をしながら、今日からまたかぁちゃんと呼ぶようになるかもしれないと考えると、恭一はくすぐったい気持ちになった。

それからおよそ六時間十五分後、恭一の夢が正夢になることを、この時の恭一は想像だにしていない。

神様なんて、いないのだ。







しかし、作者が作品に及ぼせる神の力によって、恭一を救うことにした。作者の傲慢かもしれないが、女手一つで六年以上も頑張ってきた母親と、不器用ながらも母を大切にする恭一には、小さな幸せを感じながら静かに生涯を閉じる、そんな舞台を用意してあげたいと思ったのだ。







八月の温泉を、母親はとても喜んでくれた。浴衣姿の母親は、刺身を一切れ食べては美味しいと笑い、天ぷらを頬張ってはありがとうと涙を浮かべた。
「なんでもねぇよ、これくらい」
とは言えなかった。照れくさくって、こっぱずかしくて、そしてやっぱり嬉しくて。恭一は母親が何か言うたびに「おう」と相槌をうち、「いいから食えよ」と苦笑した。

それから三十五年後、母親は病室のベッドの上で、恭一夫婦と三人の孫たちに囲まれていた。母親は「恭一、恭一」と呼んだ後、「真夏の温泉は良かったねぇ」と静かに笑い、そのまま息をひき取った。「おう」と言った恭一は、それから肩を震わせて、かぁちゃん、かぁちゃん、かぁちゃんと、何度もそう呼びかけてはおいおいと大泣きした。

さらに三十五年後、恭一は妻と息子二人、娘一人、八人の孫、ひ孫一人に囲まれて、自分は笑顔で、皆は泣き笑いをしている中で世を去った。あの正夢から救われて七十年の間に、一体どんなことがあったのか。小さな不幸、ささやかな幸せ、ちょっとした悔しさ、ふとした喜び。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、たくさんの思い出を積み重ねて幸せな最期を迎えるまでの恭一の人生は、読者の想像力という神の力に委ねたい。

天切り松 闇がたり 2 残侠

天切り松 闇がたり 2 残侠
これもまた面白かった。1巻と比べると難読文字も少なく読みやすかった。泣き所は1巻のほうが多かったように思うが、これはこれで良い。素敵な本に出会ったと思う。

2012年4月12日

4月11日のサクラ

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ぼくのエリ

評判に偽りなし。

これはもう、ネタバレせずには語れないっ!!

初めてのスウェーデン映画。面白そうではあったけれど、不安でもあった。だって、スウェーデンで映画作ってるなんて知らなかったし(失礼)。しかし、観てみると想像以上に面白かった。

というわけで、お勧め映画。

以下、ネタバレ。

“職業釣り師”になるための10の条件

“職業釣り師”になるための10の条件

これは面白かった!!
俺はなれそうにないなぁw

2012年4月11日

4月10日のサクラ

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春ですね

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春に赤く色づくモミジがあるんだよねぇ。



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